相手は彼岸人だ。
 紅棍は己に言い聞かす。
 自分を匿っているのにも何か理由があって、決して善意から来るものではない。
 何度信じ、同じ数だけ騙されたか。
 少なくとも自分が居る世界には優しさだなんて物は存在しない。
 それでも何か返したいと思うのは今に始まったことではない。
 

 董奉哥。
 どうして俺は今アンタの横に居ないんだなんて、暇になればそんなことばかり考えてし
 まうのだからどうしようもない。
 結局、紅棍という人間は、それなりに躾けられたペットと同じなのだ。


「俺のことそんなに嫌い?」
 と、悲しそうに聞かれればうんとは言えない。
「じゃぁ好き?」
 には首肯で返してしまう。
「俺も好き」
 抱きしめられても身動き一つできず流されてしまう。


 親切をあだで返せない損な性分で、主人と認めてしまえばそれなりの服従とそれでも無
 くさない自我で飼い主を喜ばせる。
「ねぇ、抱いてよ」
 だなんて言葉すら無茶な命令だとは思えないのだ。
 いっそこの命令さえも趣旨が逆なだけで董奉に言われたことがある。
 もちろん実行した。





 シーザース
 




 董奉哥はそれはよくできる人だった。
 実際、若くして董奉になったところからもわかることだ。
 それに比べいつも俺は御荷物だった。
 何度守られたか知れない。
 俺には戦う位しか能がなくて、実際拾われた理由だってそんな感じだった。


 捨て子だった。
 気づいた時には一人で生きていて、ある日黒服の男たちに捕まえられて徐福に連れて
 いかれた。
 それからは毎日モルモットのような扱いだった。
 どうせ、俺を気にする親もいない。
 食べるのにだけは困らなかったがそれ以外は全てが最低だった。


 とうとうガタが来て、処分されることになる。
 その時に気づいた。
 自分はモルモットじゃなく家畜であったということに。
 同じく連れてこられた奴らが目の前でちぎられていく様は今でも鮮明に記憶している。
 ただ、そのあとがやけに不明瞭で驚くほど何も覚えちゃいない。
 気づけば先代に拾われて、身体能力を褒められていた。
 どうやら老爺から逃げだしたことをかわれたらしい。


 そんな俺に決定的に苦手な物が1つ出来ていた。
 血だ。
 戦闘要員のくせに血が苦手だなんて使えないにもほどがある。
 内出血は良い。
 血を吐くぐらいならまだいい。
 まるで鋭い牙で噛みちぎられたような、流血だけは耐えられなかった。
 だから刃物は使えない。
 打撃具であるヌンチャクと己の身体、それしか獲物になりえない。


 時間はかかった。
 だがそれらが使えるようになって、俺はようやく董奉哥を手伝える立場になった。
 それなのに―。
 俺の上にまたがって腰を振る死神、怜一朗を見て、なぜか董奉哥のことを思い出した。






 あれから1ヵ月は経った。
 もう、徐福も落ち着いていることだろう。
 董奉哥はどうしているだろうか。
 さすがに徐福の情報網を持ってすれば、俺は見つけられているのだろうから追ってこな
 いということは疑いは晴れたのだろう。
 董奉哥だって俺なら逃げられると踏んでの嘘だったのではないだろうか。
 本人から聞くまでは分からないがそうだと思う。


 外れていた関節は戻ったし怪我もふさがった。
 これで自分の血を見て卒倒することもないだろう。
 なのに帰れずにいた。
 死神の男が心配で仕方なくなってしまったのだ。
 本当は2週間前から動けた。
 早く帰らなければとも思っていた。


 1度出ていこうとした時、気のせいか姿が消えかかって見えた。
 仕方ないね、と一言で俺が出ていくことを許したくせに。
 彼岸人ってのはもっと強くて巧妙で厄介な存在では無いのか。
 聞いていた彼岸人とあまりに違う行動に、動けなくなってしまった。


 実際、弱くは無いのだ。
 先述の言葉の前にひと悶着あって戦ったが決着はつかなかった。
 そしてあの言葉だ。


 前言を撤回する。
 やはり彼岸人は厄介だ。


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