相手を殺せば自分は助かる。
 なんて御伽噺なんだろう。




 シーザース
 



「前に言わなかったかしら。
 彼岸人は人間に近づきすぎてはいけないと」
「聞きましたよ」
 もっとも、それは芝の親友のときで人間ではなかった。
「結局は人間に戻ったじゃない」
 考えを見越して指摘される。
 知佳は借金を返し終えて今は人間として生きている。


「人間と一緒に住むなんて冗談じゃないわ」
「すみません」
 軽く微笑を浮かべながらの言葉に薄荷はため息を大げさに吐いた。
 教師に似ていると芝はふと思った。



「その子を殺しなさい」
 
 

 次に吐き出された言葉もそうだった。
 貴方が間違っている。
 私が正しい。
 そう言わんばかりの口調だ。


「嫌ですよ」
「じゃぁあんたが死になさい」
「話が見えませんよ」
 自分が死ぬのは構わない。
 どうせ流されて今ここに居るだけだ。
 ただ、理由もなく命令される筋合いはない。


「人魚姫と同じよ。
 あんたには既に呪いが掛かっているの」
「そんな非科学的な」
「人間の常識ではね」
「じゃぁ俺は捨てられたら死ぬんすか」
「その子が帰ればね」






 帰る。
 紅棍が言った言葉がリビングに響いたように感じた。
 実際はそんなことは無かったように思う。
「仕方ないね」
 もう紅棍は回復していて芝が力づくでとめることはできない。
 前に一度試している。
 その時はなぜか残ってくれたが今回はそうもいかないだろう。
 とうとう、死神としての命も尽きるらしかった。


「名前、教えてくんない?」
 自分を殺した相手の名は知りたい。
 そんな侍のような気持ちになり、聞いた。
 自分を死に追いやるだけで決して殺されたわけではないのに。
「徐福の紅棍」


 あぁ、聞いたことがある。
 中国のマフィアではないか。
 紅棍とは戦闘要員が継ぐ名前。
 通りで強いわけだ。


「気をつけてね」
 玄関まで見送るなんてことは出来ずに、ただ紅棍に背を向けた。
 あと数秒で自分は死ぬ。
 そう思っても対して悲しく無かった。
 実感がわかない。






「お久しぶりね」
「先日もいらしたばかりでしょうに」
 徐福本部の最奥。
 頭の趣味で一面に水槽を模した部屋に2つの生命体が存在している。


「紅棍ちゃん、だったかしら。
 おたくの子、やっぱりゾンビになって生き返る道を選んだわ」
 今、ここに向かってるはず。
 それを聞いて董奉は喉の奥で小さく笑った。


「予想通りじゃない。
 自分が御せるゾンビのあの子が欲しかったんでしょう?」
「人間ってのは汚いものですからね」
 人一人が座るには少しばかり広すぎる椅子から立ち上がり薄荷は扉に向かう。
「お茶くらいどうです?」


「うちにも制御しなきゃいけない子がいるの」
 こうしてまた芝は彼岸人に一歩近づいていく。


 END
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