ところどころ、破れた皮膚から鮮血が伝う。 まだ出来て新しい傷なのだろう。 赤黒いかさぶたに覆われることなく露出する肉は光を反射してキラキラ輝いていた。 その、自分には決して存在しえない(もちろんナイフで切ればバッサリ皮は裂けるし血 も流れる)純粋な液体に、芝は戸惑うことなく口をつけて舐めた。 シーザース 仲間、を殺した。 相手は自分のことを知っているかさえ怪しいし、こっちは相手のことなんか知らない。 人間の顔なんて(男なんて特に)同じ人種であれば似たようなものだし違っても表層し か見ちゃいないんだから結局忘れてしまう。 それでも「徐福」という組織の「仲間」だった。 だってあの人が言ったから。 「老爺と思徒少爺は死んだ」って。 自分が殺したって。 マフィアとはいえ主殺しを下克上なんて讃えるわけじゃなく、罪は重い。 表沙汰になるわけでは無くても身内で制裁が下される。 あの人は、私欲で、殺した。 ずっとその機会を狙っていたのだろう。 なんせ老爺は老爺なのだし、なかなか2人きりになれるわけでもない。 策を張り巡らせてようやくその日が来たのだ。 子供のように目を輝かせて(普段は開いているのかさえ怪しい眼が3倍は開いてたね、 あん時は)話すのを聞いて、咎める気にはなれなかった。 確かに最近の老爺は生きることに病んでいた。 とはいえ俺が生まれるより前からずっとそうらしいけど。 それに、あの人が間違ったことをするわけがない。 ただ、掟は掟だ。 そして、内容を知ってしまった俺は同罪。 「俺にそんなこと言ってどうすんの?」 と茶化すように言ってみたけど内心どうしたもんかと思ってたのはこちらだ。 そして、忠義心に溢れる我がお仲間がタイミングよく登場したわけだ。 「董奉哥…済んだぜ」 なんせこの人はバケモノ用だ。 俺が守るのが当然だろう。 その時俺は秘密を教えられていい気になっていた。 なにより家族を愛してやまないあの人が俺だけを味方に、危ない橋を渡ってまで戦うわ けがなかったのだ。 「紅棍、お前か。老爺と少爺を殺したのは」 とっさのことに、俺は逃げるしかできなかった。 あとで知った話、武器に刃物は用いられなかったらしい。 刃物は血が出て嫌いだ。 逃げながらもと味方が話す内容に、少し冷めた頭はある答えを導き出していた。 ただ、認めるつもりもない。 「さすが董奉だけあるじゃん…ってか?」 口で褒め言葉を呟きつつも紅棍の目つきは険しい。 後ろを無数のゾンビが駆けてくる。 「ゾンビってなぁもっとゆっくりだろフツー」 人に厳しいあの人のやることだからと納得もしていた。 納得していればいいというものではない。 襲い掛かってくるゾンビをなぎ倒したのは数知れない。 あれからずっと3日程追いかけられている。 決して生身の人間は来ない。 董奉が紅棍の強さを信頼している証だろうと普段ならとれたが今回はそうもいかなく て、次々湧きあがってくる敵に嫌気がさしていた。 もともと気が長い方では無いのだ。 船を乗り継いで日本に来たのは良い。 同じく乗り込んだゾンビとの戦いは同時に船の乗組員にどうすれば見つからないかと いう点で紅棍の神経を悪戯にすり減らした。 派手に暴れる方が趣味だったので何度か噛まれたりもした。 最後のゾンビを血だまりに沈めた時、既に港から随分と内陸へと来ていた。 数分後には生身の奴まで出てくる始末。 ゾンビの治安が出来上がっていない日本だから生身をわざわざ送り込む必要もないと 踏んだのだが間違いだったらしい。 傷口が塞がる暇もないほど動き詰めで、とうとう座り込んだ。 倒れ込んだという方が正しいだろう。 ところどころ、破れた皮膚から鮮血が伝う。 まだ出来て新しい傷なのだろう。 赤黒いかさぶたに覆われることなく露出する肉は光を反射してキラキラ輝いていた。 その、自分には決して存在しえない(もちろんナイフで切ればバッサリ皮は裂けるし血 も流れる)純粋な液体に、芝は戸惑うことなく口をつけて舐めた。 もしも今、ここを通りかかった第3者がこの2人を見たとしたならば、首に唇を寄せる 芝の姿は吸血鬼、男はその被害者に見えたことだろう。 居ないと知っていても人間の思考回路はそんなものだ。 実際、似たようなものだと本人が自覚していたのであればなおさら。 舌が触れた瞬間、男は覚醒したように己の首に触れるものを振り払う。 あまりのも速い動きに避けることも叶わず芝の頬に裏拳が入った。 「顔はあんまりじゃ?」 大きめな声に眉をひそめた男を見、思い出したように耳からイヤフォンを外した。 大音量で聞いていたのであろう音楽がジャカジャカと漏れ出す。 心地いいわけがないのに、放心したように芝の手元のイヤフォンを見つめて男は動かな くなった。 自分の美貌に狂わされたのかと場違いなことを芝は思って笑ってみた。 耳をつく音の海に声が上乗せされ、不協和音に周りの様子がおかしいと気づく。 もっとも、人が血まみれで倒れている時点で既におかしいのだが。 刑事ドラマや任侠もの、時代劇でしか聞かないような物騒な唸り声が随分と穏やかな足 音と共に、2人の居る場所に近づいてくる。 「追われてる?」 どう考えても答えはそれしかないのに芝は聞いた。 男は聞こえていないのか、何も言わない。 小さな掛け声とともに抱えあげた身体は力が抜けきっていて、紅棍の手のひらから何 かが抜け落ちる音に芝は気付かなかった。 ヌンチャクと血だまりだけが取り残された。 これが功を奏し、紅棍は死亡扱いとなる。 <<□>>