道すがら

 高校の屋上なのに、違う学校の生徒がいるとはどういうことだろう。
「何してんだよ!」
 それは俺があんたに聞きたい。
 こんな髪が眩しい不良に知り合いはいない。
 黒髪の知り合いもいないが。
 いかにも授業をさぼって屋上でヤニふかしますという雰囲気をしておいて、正義漢ぶった態度をとるものだからおかしい。
「笑ってんじゃねーよ」
 自分に聞き取れないおしゃべりは全部悪口だとか思ってるわけ?
 わー、自意識過剰。
 だなんて茶化してみたらどうなるだろう。
 命が惜しいからそんなことしないけど。
「また死ぬ気かよ」
「また?」
 確かに俺は今から飛び降り自殺をしようとしていた。
 フェンスを越えて、あと1歩でも踏み出せば重力にしたがってまっ逆さまに転落。
 超高層ビルならまだしも、こんなたかが知れてる校舎から飛んだくらいでこの世からいなくなる確証はない。
 きっと、命は惜しい。
 ならばこんなこと、始めからしなければ良いのかもしれない。
 そう思いながらも、この退屈な世界に対して、オーディエンスに徹するほど意気地無しにはなりたくなかった。
「まるで俺は死んだことがあるみたいな言い方だね」
 こんな面倒の塊のような男に親しげに話しかけて、やっぱり命なんて惜しくないのかもしれない。
「でもお前はまだ死んでないんだな?」
 短気そうな見た目にそぐわず、見ず知らずの俺を惜しむように確認してくるのでゆっくり瞼を下ろし、肯定する。
「うん、まだ、ね」
「お前の世界はつまらないままか?」
「つまらないね。でも、今は少し面白い展開になりそうだとも思ってる」
「それは俺がいるからか?」
「そういうことになるかもね」
「俺と行こうって言ったら?」
「顔はやめてねってお願いするかな」
「ボコるつもりはねーよ」
 ははっと笑った顔は幼く、不良と言うよりやんちゃな少年といった感じだった。
 怖く見えたけど制服を見る限り、精々、俺よりひとつ上ってところだもんな。
 筋骨隆々ってこともないし、一方的にのされることもないだろう。馬鹿そうだし。
「そっち行っても良いか?」
「危ないから気を付けてね」
 ガシャガシャと豪快に音をたてながらフェンスを乗り越えて横に立った男は足元を見て、口笛を吹く。
「これ何メートルあんの、高くね?」
「学校ってやつは天井が高く設定されてるからね」
「やっぱ物知りな」
「まーね」
「やっぱ死にたい?」
「さーね」
「やりたいこととかねーの?」
「これのために生きたいってことが無いだけだよ。何かが嫌でってことじゃないんだ、多分」
「じゃあ慢性的だ」
「突発的じゃないね」
「やっぱりお前は違う…」
「どうしたの急に」
 トーンダウンした声に恐怖を覚える。
 こんな会ったばかりの人間の心証を気にしている。
 相変わらず臆病な俺は誰にでも好かれたいと震える。
 それが苦しくて、終わらせたくなったんだと体幹がぶれる。
 ぐらりと傾いた身体がスローモーションで重力の手に捕まる。
 もがいて空を切る手のひらは包まれ、攻撃的な刺激を以て繋ぎ止められる。
 食い込む男の手が、指が、俺を落とすまいと握りしめる。
「お前は違う!」
「ねぇ、誰と比べてるの?」
 反対の手でフェンスを掴んで、屋上に這いつくばって俺を支える男には誰が見えているんだろう。
「お前は運命じゃない」
 何それ、運命の相手だとか思ってたの?
 なんてロマンチック。
 やっぱり馬鹿なんじゃないか。
 とんだ電波野郎だと詰れば良いのか、この人ならだなんて、この出会いのために俺は生きてたんだって少しでも思った自分を笑えば良いのかもうわからない。
「…離して」
 浮いた心と一緒に急降下。
 晴れて人生の幕を下ろせるかは運次第。
 それでも幕間くらいにはなるだろう。
「死ぬのがお前の運命だなんて言わせねー!」
 瞬発力を発揮するのに発声は効果的だなんてどこかで読んだ気がするな、と屋上に引き上げられながら思った芝怜一郎の春だった。




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