=モノ・フロンティア=


 死んだらしい。
 簡潔に命日と一文が記されたメールを理解した瞬間、携帯ごと投げる。
 はい、そうですか、だなんて言えるわけがない。
 アド変のメールが来た覚えのない誰かからのそれ。
 登録し直すほど仲が良かったわけでもないということか。
 頭は別のことばかり考えだす。
 本題から逸れようと無意識に努力する。
 でなければ思ってしまうのだ。

 良かったじゃないか、と。

 誰にも言えない。
 ましてや伝えたい本人は死んだという。
 周りに言えば不謹慎だと思われるだろう。
 オレだって当人じゃなきゃどう考えるから。
 でも親友の自殺は不思議と悲しい報せに思えなかった。

 ぽっかりと穴が開く。
 昔の人は上手いこと言ったものだ。
 日本語は感情豊かなんだよ、
 その半面、語彙が多すぎて言いたいことが伝わってる気がしないな、
 あいつがよく言っていた。
 芝はよく嘆いていた。



「なんで俺は生きてるのかな」
「知らねーよ」
「そりゃそうだ」
 挨拶と同じ数くらい重ねた会話。
 常套句とでも言うのか、芝が言えばオレが答える。
 いつも決まっていた。
 決まり事のように屋上に出て、こんな寒い日でもなんてことない話をする。

「退屈、だな」
「…だな」
「なんで人は退屈で死なないんだろう」
「お前が知らないこと知ってるわけないだろ」
 俺は何者なのと笑って空を仰いだ。

「知佳はよく生きてられるね」
「お前だって生きてんだろ」
「どうだろ」
「ここにいる」
「居るね」
 それとは違う意味なんだけどなとまた芝は笑った。
 よく笑う。
 困ったように笑う。

「俺って鬱陶しくない?」
「そーゆーの聞くとこがうざい」
 あは、酷い。
 今度は楽しそうに言った。
 芝の楽しいはきっとオレのそれとは違うところにある。
 ずれているのだ。
 だからこんなにも一緒に居られる。
 飽きないと芝はこの関係を呼んでいた。

「楽に死ねないもんかな」
「こっからダイブでもすっか」
 あ、オレは死なないからと後付けする。
 死にたいわけじゃない。
 生きたいのかと聞かれればたぶんそうだと答えられる。
「一人はさびしいな」
「人間死ぬ時は独りぼっちってお前よく言うくね?」
「言うくあるね」
 日本語は難しいなと呟いた。

 溺死、苦しい、しかも醜い、だから嫌。
 首吊り、これも醜い、却下。
 薬物死、手に入れるのが面倒くさい、人にまで被害が及ぶのは嫌だ。
 投身、綺麗じゃない、ダメだ。

「凍死か大量出血が良いかな」
「オレのいないとこでやれよな」
「知佳は連れていけないもんね」
 寿命が縮む薬と嘯きながら芝は煙草をふかした。

「大丈夫、死なないよ。
 知佳は優しい子だから悲しませたりはしない。
 優しいおやさしいチカちゃんは俺が死んじゃえば泣いてくれるだろう。
 …うぬぼれだとは思わない。
 知佳は―」



 オレは泣かなかった。
 芝は約束通りオレの前では死ななかった。
 芝が死んだことを知らないままでいればそれはずっと生きているのと同じこと。
 死因がわからないから想像もできない。
 世界が、現実がどうであれ構わない。
 オレの中で芝は生きているのだから、それで良い。
 現にオレの涙じゃ芝はいかせない。

 携帯を拾う。
 冗談は良すぎる顔と回転の早すぎる頭だけにしておけよと返信をした。


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