=肌荒れ=


「ごめんね、好きな人がいるんだ」
 これで何回目だろう。
 在り来り且、当たり障りのない言葉に心底申し訳なさそうな表情をつける。
 もしも、気が向いたら役者の道に走っても良いのかもしれない。
 高校受験すらもう少し先の子供ながらに遠い進路に思いをはせた。

「相変わらずだわなぁ」
 上から声が降ってくる。
 校舎から誰かの顔がのぞいてる訳ではない。
 頭上、何年そこにあるのかしれない桜の木に上っていた。
「危ないよ、知佳」
「大した事ねえよ」
「良いから降りといで」
 母親みたいだと知佳は笑った。
 到底、笑える話ではないはずなのに、知佳は笑った。
「告白されてるとこに登場は出来んわな」
「まぁそうだけどさ」

 何回目だよ、と茶化すように肩をつつかれる。
「それはイジメだと思えば良い?」
「いんや、ただの好奇心」
 先月、俺は知佳に告白をした。
 返事はもらっていない。

「好きだよ、知佳」
「別に嫌な気はしねーよ」
「なら付き合ってくれる?」
「それって具体的に何か変わんのか?」
 毎日続く会話。
 いっそ、一日に一回繰り返される定型文のようなもの。

「変えていいの?」
「嫌なら殴ってでも逃げんよ」
 知佳ならやりかねない。
 だから、怖い。
「嫌われるのはごめんだな」
「だから何もいつも通り」
「…そうだね」

 私たちは恋人ですか?
 はい、私たちは恋人です。
 ところで、恋人って何ですか?
 英語の訳みたいなちぐはぐな疑問が湧く。
 毎日、なにも、変わらない。



「…ごめん」
 行動を起こした日のことだった。
 知佳は何も分からないのだろう、動きを止めた。
「好きなんだ」
「ああ、知ってる」
「なのに」
 気持ち悪い。



 触れようとした。
 抱きしめた。
 多感なお年頃だからその続きだってしたかった。
 だけど、布を通さない肌はなんだか温くてぞっとした。

「好きだよ、好きなんだ」
「わかってんよ」
「でも…」
 俺は知佳には触れない。

 涙をぬぐわれるのは平気だった。
「俺に触ってよ」
「…悪ぃ」
 そう言って知佳は俺の頭を撫で続けた。
「お前がしたいことは出来ねぇ」
 知佳は優しい。

 俺と同じくらい憶病だ。
 親友をなくすことを怖がって恋人ごっこを続けている。
 分かっていた。
 お互いに知っていたから俺達は親友でもいられた。

 けれど知ってほしい。
 知佳に触られることは嫌いでは無いんだ。
 身体は変な反応をしてしまうけれど他の人に比べればなんてことは無い。
 普段なら嘔吐することだってあるくらいなのに。
 …それは愛の証明にならないだろうか。

 辛うじて触れられるから好きになったのか。
 自分に問い詰めた。
 違うと叫ぶ俺が居る。
 だって、好きなんだ。
 他に言葉を知らないみたいに叫びたくなる。
 好きなんだ。

 けれど口に出すのはやめた。
 もし知佳に自分と同じ問いかけをされたらきっと普通ではいられなくなるから。
 恋人でも親友でもいられなくなってしまうから。 
 固執している。
 この曖昧な立ち位置に。




「触れるんだ」

 布越しじゃない。
 肩を組んでいるわけでもない 
 靴越しでも無くなった。
 今、俺は知佳の首筋に口で、粘膜で触れ合っている。
 少し塩からい味。
 鼻に抜ける鉄のニオイ。
 体中に流れる、赤い、血。

「知佳」
 好きで大好きで愛してて。
 からだの外から中まですべてが見たくて触りたいんだ。

 銃声が響いた。


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