=幸福論=


 無心に貪る。
 どれだけ飢えていたのだろう、と何処か他人事のように感じていた。
 まあ実際に自分のことじゃないんだけどさ。
 滴る体液すら溢すまいと吸いつくし、また歯を立てている。
 永遠のようで、始まって間もない行為に芝は愛着を抱きつつあった。

 糧となり、肉となること。

「あは、終わってる」
 あまりに単純すぎる事実を口に出す。
 とっくに終わっていたし、よく考えたら始まってもいない。
 自分の肢体が咀嚼されていくのを横目に誰にともなく語りかける。
 恐らくは自分が相手の実況説明。
「こーゆーの、世間では愛っていうのかな」
 ある個人の役に立ちたくて、相手を幸せにしたくてたまらなくなる、そんな感情。
 注ぐだけ注ぎたいのに見返りはいらない。
 欲しくないと言えばウソになるけれど、そんなの知佳じゃない。
 知佳じゃない『チカ』が欲しいけどいらない。
 とことん自分は幸福になれないタイプだと嘲笑しつつ惨状を眺める。

「ねえ知佳、聞こえてる?」
 返事はない。
 卑猥ではない水音だけがあり、声は空しく跳ねかえってくる。
 それで良いのだ。
 芝は十分満たされていた。
「やっとひとつになれるんだね。
 …なんて、安い言葉すら口に出したくなるよ」

 両者間だけの純潔は保ってきた。
 それほどまでに聖域化していた知佳。
 目の前にある汚く欲深い姿。
 聖者だと思ってきたわけではないのに、その姿にひどく興奮を覚える。
 
 伸ばす腕はもう無い。

 曖昧としていく意識の中だった。
 知佳をこの瞬間だけでも独占していることに安堵の意を覚える。
 きっと苦しかった。
 狂おしいほどの感情に揉まれ、飲み込まれていた。
 それも、もう終わる。
 正気を取り戻したとき、知佳は何を思うだろうか。
 自分のしたことを忘れられるだろうか。

「僕は、幸せでした」
 言葉はそれにて尽きる。


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