=あまくち=


「結託してるの」
「…は?」
 愛しの妹に話があると公園に呼びだされた知佳は親友との今学年最後の帰り道すら捨て、
 もう1時間ほどベンチに座っていた。
 プラスチックでもひと肌にまで温まっている。
 約束通りの時間にきた桃佳は隣に座るなり話を切り出した。
 

「確かに現実に起これば面白いと思った。
 だけど良く考えてみれば笑い事じゃないの。
 だから…頑張ってほしいなって」
 何の話をしているのか全く理解は出来なかったが知佳は何度も頷いた。
 桃佳が自分を応援している。
 それだけで十分だった。


 じゃぁ帰ろっか。
 結局、意図をつかめないまま帰路につく。
「たぶん安全なところなんてこの世のどこにもないんだよね」
「お前のことは兄ちゃんが守ってやるから心配すんな」
 誰かにいじめられているのかと聞けば首を振る桃佳にそれ以上問うことをやめて話し始め
 るのをただ待った。



 何故か家の前には1時間ほど前に別れたはずの親友がいた。



「よ」
「お、おぅ」
 律儀に返事をしてみるもどうも納得がいかない。
「…いつから居たんだよ」
「1時間くらい?」
 へらっと笑う芝に違和感を感じる。
 あぁ、そうか。


「私服見たの初めてじゃね?」
「学校でしか会わないもんね」
 己の居場所と言わんばかりに赤月家の床を占拠し、芝は言う。 
 桃佳は遊びに行ってしまった。
「お金がかかるからって遊んでくれないでしょ?」
 あまりに寂しそうな眼で言うので思わず返答に困る。
「知佳は着替えないの?
 カッター皺になっちゃうよ」
 するべきことが明確に記されて頷きつつタンスに向かう。


「…なんだよ」
「いや、別に」
「着替えるんだけど」
 がん見されている。
「うん、視姦中」
 筋弛緩剤って筋肉の緊張をほぐす薬だったっけか。
 芝が変なことを言うのは今に始まったことではないので気にはしない。
 けれど視線はものすごく気になる。


「じろじろ見んなよ」
「いいじゃん男同志だし」
 にこにことさらに寄ってくる芝を蹴って遠ざける。
「わざわざ見なくてもいいだろ」
「気にしないでよ」
 俺をモノか背景だと思ってだなんて無茶を言いだす始末。
 表情はふざけているのに目がおかしいのだ。
 だからつい言ってしまう。


「視線がなんつーの…子供産ませてやるみたいな執念が見え隠れしてる」
「うん」
 オレは女じゃない。
「適当に返事すんなよ」
「うん」
 …何言っても聞きやしないんだろーな。
 せっかく―なのに。


「不満だ」
「そっか」
「不幸だ」
「そう?」
「やっぱりなんか腹立つ」
「うん」
 聞き流される。
 今日は特別な日なのに。
 子供みたいな感情に嫌になってつい唇をかみきってしまった。
 悪い癖だ。
 鉄の味を感じながら着換え出した。


「チカちゃんって理不尽だよね」
「知ってるよ」
 考えを読まれたみたいで気まずかった。
「部屋出てけよ」
「おめでとうだよね」



「おめでとう、誕生日」



 いつものへらへらした顔を脱ぎ捨てた親友がそこには居た。
「言ったっけ?」
「桃佳ちゃんに聞いた」
「…そっか」
「うん」
 間近に迫った顔を見て綺麗な顔をしていたんだと思い出す。
 友達になる前、遠くから人形みたいだという感想を抱いたことがある。
 陶器の、冷たい、西洋の、それ。


 暖かい。
 熱い。
 触れた唇はやはり人間の物で、体温があって少し湿っていた。


「ごめんね」
 見たくなかったようなものを見てしまった。
 そんな顔をしていた。
 気を使って気にしないふりをして笑っている。
 そんな気がした。
「誕生日なのに俺のエゴを押しつけてごめん」






 昨日、二人で漫画を読んだ。
 女子が絶対きゅんとするからと無理やり押し付けてきたのだ。
 主人公を思っている男の不意打ちのキス。
 そのあとの間。
 両思いだと読者は知っているから見ていて恥ずかしくなった。


「よっぽど自信があるんだろうね、この子は」
 ぼそっと芝が言った。
「好きじゃない奴にファーストキスを奪われたとなればそれはただの悲劇なのに」
 その時はオレへのからかいかと思って文句を言ったが違ったのかもしれない。






「それでも好きなんだ、知佳」
 春休みの間に戻るから。
 だから友達やめないで。
 聞き取れないような小さな声で言う芝の頭をなでた。
 そうしなければいけない気がした。


「忘れんなよ」
 自分の声が震えている。
 昨日の漫画、笑うんじゃなかった。
 現実はこんなにも必死なのだ。


「お前にオレのファーストキスやるよ」
「…誕生日じゃないのにね」
 笑った。
 そのことに安堵する。
「おぅ、オレの誕生日だ」
 気まずい空気を振り払うため、何か要求してやろうと思うけれど出てきたのはこんなチ
 ンケな言葉。


「まぁケーキはもうすぐ来るよ」
「は?」
 見計らったようにインターホンが鳴る。
 出てみれば袋を提げた桃佳。
「合同出資」
 財布を出してウインクしてくる芝と桃佳を見て納得する。


 お兄ちゃんと呼ばれて振り向くとなぜか桃佳の表情が暗い。
「大丈夫だった?」
「オレはいつでも元気だぜ?」
 病人でもあるまいしと言いかけて気がつく。
 芝と桃佳の間の空気がおかしい。
「何もしてないよね」
「はぁ?」
「したよ」
 芝の言葉にただでさえでかい桃佳の眼が見開かれる。
 嘘だウソだという声が開きっぱなしの口から水のようにこぼれている。


 オヤジの着メロが鳴りもうすぐ家に着くと告げる声が聞こえる。
 外から聞こえる。
「叫びすぎだよバカ」
 つっかけを履いて階段を上がってくるオヤジに怒鳴りに行こう。
 赤月知佳、今日から14歳。
 1日目はワイヤーで出来た伏線が部屋中に張り巡らされていて、肉を切られないように
 外に飛び出すしかなかった。 


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