=とある受験生の決定未来= 「よう知佳、ひさしぶり」 て言っても3日だけどさ、と芝は笑った。 遠回りどころか逆行するはずなのに知佳の家の前に白い息を吐きながら立っている。 わざとらしい笑顔や造られた陽気な態度にのるよりも先に、知佳にはどうしても聞かな ければならないことがあった。 「お前…ちゃんと食ってる?」 寸足らずになってはみだした腕に血管が浮き上がって見えた。 ただでさえ白い芝なのに心なしか全体的に、薄い。 おなかがすいたら食べてると断片的に返して芝は続けた。 手には知佳が家に帰って握ってきた白米の球が鎮座ましましている。 「受験戦争って言い方、すごく大袈裟だなぁって思ってたけどさ。 …割と的を得てるっていうか正直きついかもしれない」 「腹が減ったときっていつだよ。 年中食欲不振みたいな人間のくせしやがって」 とっとと食え、バカと頭をはたいて「頭悪くなったらどうしてくれんのさ」と言う芝に 天才のくせにと笑ってみせる。 「その天才って言葉も微妙だよね。 別に学年で何でも1番ってわけでも無いのに」 例えそうであったとしても市とか都内とか日本全体でいくつ中学校があると思う? 既に何回も口にしたセリフのように抑揚のない言葉が続く。 練習しすぎて感情さえ篭らないと言わんばかりに。 文字の数で圧倒すれば理解せずにただ肯定してくれるのではないかという甘えのように も聞こえる。 知佳には聞こえた。 「確かに他の人より記憶力は良いんだろうけどさ。 努力が出来ない」 死の宣告の様に淡々と耳に届く音。 「努力出来て記憶力の良い人間だってこの世には掃いて捨てるほどに居るんだよ」 逆だってもちろん居る。 そこまで言って息を大きく吸った。 そして、吐く、溜息を。 「何も言わないんだね」 にこりとあきらめに似た微笑が知佳を見た。 「言ったらお前、オレの言うとおりにする?」 「どうだろ、内容によるんじゃないかな」 犯人しか知りえることのないはずのワードを口にした。 探偵役、知佳はそれに気付き犯人は気付かない。 「そーゆーことだろ」 「ん?」 矛盾に気づかないから芝は首をかしげ、知佳は事実の代わりに指を額に突きつけた。 「それが事実だってんだよ」 「オレは知ってる」 芝は思った。 授業中、それも国語の時間と同じ表情をしている、と。 つまらなさそうな顔。 黒板も見ずにぼーっと眺めていたのを覚えている。 勉強への嫌悪とは違う目で授業を見つめていたあの眼差しを。 「お前はオレにどうしてほしい?」 やけに知佳の口元の動きがゆっくりとして見えた。 少し吊り上って、薄く開いて音を形作る唇。 「慰めてほしい?」 いや、違う。 全然、完膚なきまでに、欠片も一致しない。 「励ましてほしい?」 頷きかけてやめる。 なんて言って欲しいのか自分でも分からない。 「一緒にじめじめした顔で居てほしいか?」 「違う」 「どうしてほしい?」 答えは見つからなかった。 解ける兆しさえ見つからない。 「答えはとっくに出てんだろ」 そっか。 国語の授業は新しい単元に入ると一通り読む。 話の結末がわかってしまう。 なのに授業は続く、始まる。 だからつまらないと知佳は言っていた。 「帰りには飯食いに行かなきゃだな。 何食いたいか考えとけよ」 もちろんお前のおごりだからと言って離れていく知佳。 気づくと教室の前。 手元に残っていた握り飯を押し込んで一歩、踏み出す。 窮屈な明日、牢獄への道を。 「あの時からとっくに分かってたんだよね、うん、知ってた」 あはっと仕方なさそうに笑ってみせる芝は先の問いを無視していた。 「だからちゃんと飯食ってんのかよ」 前より酷いと眉をひそめる知佳におなかすかないんだもんと答える。 「それにね、意味なんて無いんだって」 突き付ける指は刀に変わり、傾げた首は挑発となる。 「言えるわけないよね、知佳を―」 その言葉に続きは無かった。 あたりには金属同士がぶつかりあう音が鳴り響いている。 何を言っても覆ることのない事実だけが2人を突き動かす。 <<