=Vale Tudo=


 フローリングに横たわって雑誌を見、音楽を聴く。
 何気ない日常。
 やることはない。
 月刊刃物と書かれたそれは何が面白いのかナイフの写真がずらりと並んでいて、意味の
 分からない(というより理解する気が起きない)説明付き。
 いつからか知佳の部屋に発生し出してもう1年分はある。


 部屋を片付ける=いらないモノを置かない。
 そんな知佳だから部屋には嗜好品の類がほとんどない。
 桃佳ちゃんが愛情半分嫌がらせ半分に買ってきたお土産だとか、親父さんの送ってきた
 手紙だとか、家族に係るものだけが残っているこの部屋。
 他人を何処か拒絶するその部屋で俺はただ1つ異質なものだった。
 部屋の雑誌を読んでみても、いつからか吸いだした煙草を拝借してみても浮いてる感が
 拭えない。

 
 もうこの部屋に住んで9ヵ月になるのに、だ。


 ただいまと遠くから聞こえて、玄関まで迎えに行こうと思ったけれど止めた。
 もうとっくにばれているだろうが兄弟でもない高校生と一緒に住んでいるというのは世
 間体的にどうなのだろうと思う。
 誕生日にかこつけて知佳の部屋に住み着いた俺に言う権利はないけれど。


「部屋煙いんだけど」
「知佳も吸うでしょ、お互い様」
「あ、しかもオレのん取ってんじゃねぇぞ」
「今きれてるの」
 ネクタイを緩め、疲れたと呟きながらソファに倒れこんだ知佳から背広をはぎ取る。
 寝ころんだままで。


「皺になっちゃうよ」
「うるせぇよバーカ」
 テーブルに背広を投げて、知佳の足もとに蹲った。
「堂々と吸ってんじゃねぇよ未成年」
「さっきと言ってること違う」
 倒れこんだのが嘘みたいにぱっと起き上がって背広をハンガーにかけ、帰りに灰皿をテ
 ーブルから持ってくる知佳に煙草を取られて消された。
 くたっと伸びてる俺の上に足を置いて、おまけに頭に灰皿まで乗っけて溜息1つ。


「人を足蹴にしといて溜息ってどうよ」
「なんとなく」
 最近、よくため息をつくようになった。
 これは弊害だ。
 俺はそう思う。
 人間になった代わりに輝きを失った。
 大人になった代わりに無くした。
 だから俺は成長しないのだ、きっと。


「ってかこれじゃ動けないんですけど」
 落としたら灰皿が割れる、灰が散らかる、下手したらやけどする。
 負の連鎖がとっさに思いついた。
「じゃぁ動くなよ、微動だにするな」
 無茶言うなぁと笑う俺を横目に知佳は煙草に火をつけた。


「にしても未成年扱いってそれどうよ」
 俺もう26よ?と話かけてみればオレもだと返される。
 知佳の顔は見れないけれどどんな表情をしているかはわかった。
 一言で言うならば期待だ。
「中身26でも見た目17だろ、永遠の17歳じゃん」
「知佳は今日で26歳だね、おめでとう」


 ここで言われるとは思ってなかったのか知佳は驚いた顔でこちらを見ていたと思う。
 もう良いかと灰皿を床に置いて知佳に擦り寄ってみると、照れたような、でも嫌そうで
 はない顔ではにかんだ。
 素直じゃない。
「知佳かわいい」
「ガキに言われてるみたいでムカつく」
 こんな時にまで素直に喜べない知佳が愛くるしくて仕方ない。
「倒錯的で良いでしょ?」
「なんか犯罪っぽい」
「児童ポルノみたいな奴?
 今更だよね、高校生でもえっちの1つや2つしてるってのに」
 ちょうどソファの下に俺はそれを隠していたので引き摺り出した。


「日本刀、業物…とは言えないかな。
 お誕生日おめでとう、これプレゼント」
「おい、銃刀法違反だぞ」
「刃以外は工芸品だからね、所詮お土産だよ。
 刀身は聞いて驚き芝くんオリジナル」
 どう?
「どうって」
「思うこと、あるでしょ?」


 知佳は無言のまま、それを手に取っていろんな角度から見る。
「似てる?」
 返事はない。
「見た目しか知らないからね、重さとかが全然違うかもしれない。
 でも切れる、間違いなく武器だよ」


 見つけた頃には社会のシステムに組み込まれて生きていた知佳が嫌だった。
 俺を置いて、人間に戻ってしまった知佳が憎かった。
 けれど見つけてしまった。
 知佳の執着するもの。
 戦いへの未練。


 だらだらと共存する世界はもう飽きた。
 9ヵ月も、いや、何年も俺は待っていた。
 終わらなければいいと思った俺と知佳との敵対関係。
 くっきりと分かれていた境目。
 終わってしまったそれ。


「もう切るゾンビも居ないけど」
「知佳には戦う必要が無いけど」
「本当は戦いたくても出来ないけど」
「武器は手に入った」
「相手は目の前に居る」
「死神と戦って誰が取り締まるって言うの?」



「さぁ、愛試合おうぜ、チカァ」



 数年ぶりの鎌の重みに胸が高鳴る。
 ゴングはこの手で鳴らせばいいじゃないか。
 審判もセコンドも観衆もいらない。
 俺達には敵が居て力がある、それだけだ。


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