=fiRst pRime numbeR= どうしてこんな性格なんだろうね。 誰に語りかけるわけでもなく心の中でつぶやく。 口を開こうとして閉じかけていた傷が開き、また血の味がしたからだ。 あは、死にそう。 こんなことで死ぬわけが無いんだけれど。 かっとしてやりました。 今は反省してます、なんてわけがない。 別に悪いことしたとは思ってないし。 仮に俺の方に非があったとしてもお釣りはじゅうぶんに返ってくるだろう。 …袋叩きなんて実際に起こりえるもんなんだ。 どこか客観的に自分を見る。 節々が痛い。 寝ころんでいる場所が悪いってのもある。 ぎさぎさお屋根の駐輪場の上。 誰にも見つからないところなんて思いつかなかった。 当分時間が稼げそうな場所はここだった。 屋上から覗きこまれたらそこまでだろう。 でも誰がそんなことする? あ、これ反語ね。 頭上にうっすらと月が見えたから少し文学的な気分になった。 雨がポツリと降ってきたけれど身体を起こすのが面倒でそっと目を閉じる。 チャイムが鳴った。 こんな状態で授業に出てもいいことなんてないさ。 何の変哲もない告白だった。 いつも通り当たり障りのない言葉でふった。 それだけだ。 1ヵ月に1回は繰り返してる他愛のない光景。 ただ、今回は背後が違った。 何が楽しいのか元彼を名乗る人間とその取り巻きに囲まれた。 その感情の行き先、違うんでない? ふられた自分よりふられた彼女が大事だったのか、もしくはそれに何の意味もなくてた またま苛立ってる時に俺が居合わせてしまったのか。 彼女の恨みだそうだ。 「バカじゃないの」 何かを間違ったというのならここだ。 無意味にイラついていた。 自分の感情のために行動を起こせるそいつに腹が立った。 これは己のために起こした戦争だったのだ。 「結局は俺の責任ってね」 裂けた唇を舐めながら言い聞かせるように言葉にした。 安心すればいい。 俺は十分に身勝手で無鉄砲だ。 この命は無償で養ってくれる親のものだとか考えて溜息を吐く日もあるけれど全然違う。 したいこと、してるじゃん。 死にたいだなんてよくもまぁ言えたもんだ。 キラリと。 キラリと光るものが見えた。 遠く空を見ていた視線を、焦点をいっきに学校に戻す。 屋上の端、1人、居た。 一瞬見つかったと思ったけど違う、もっとごつい奴らばかりだった。 成長期がまだ来ていない、たぶん俺と同じ学年、が棒を担いで遠くを見ていた。 鎌を担いで俺を見下ろしていた。 行かなくてはならない。 行って、話がしたい。 衝動に突き動かされ地面に飛び降り校舎に入って階段を駆け上がる。 あの死神に己の存在を知らしめなければ。 死神は扉の開く音でこちらを見た。 ぎらぎらとした眼差しで俺を見た。 鎌を、いや、棒をとっさにこちらにむけて。 近づくと実に陳腐な代物で、ただの木の枝だった。 「お前もオレに文句あるってのかよ」 あぁ、知っている。 俺はこいつを知っている。 「赤月…」 「言いたいことあるならとっとと言えよ」 足元には都合よくパイプが落ちている。 机の脚だ、たぶん。 それを俺は拾い上げて振りかぶった。 「気にいらねぇ」 「勝手に誤解して告白してくる女子だとか。 喧嘩を吹っかけてくる上級生だとか。 見世物のように俺と一定の距離を置いてくる奴らだとか。 勉強だとか体裁だとか。 公平じゃない世界とか。 今この瞬間にも死んでいく命があるのに俺が生きてることだとか。 ―何もかも気にいらない」 「そんなのお前の勝手だろ」 振りかぶった瞬間、腹部に鈍痛。 横にスイングした枝を中心に俺の身体が2つに曲がる。 「そう…だよ?」 しゃがみこんでしまった俺に振り降ろされる枝はない。 「これでおしまい?」 「なんだよお前マゾ?」 さっきまでのぎらぎらが嘘みたいにきらきらした瞳。 呆れたように俺に差し出してくる手をぎゅっとひっぱった。 「芝だっけか」 音も忘れてしまいそうなほど静かな陽気の中でうつろとしていた思考が呼び戻される。 「そうだよ、知ってるんだ」 「お前有名人だもんよ」 「そんなつもりないんだけどなぁ」 目立たないを信条に生きてるっていうのに。 …悪気はないんだろうな。 それ以上に俺にやる気が無いんだけど。 「赤月知佳」 「うん、知ってる」 違うクラスだけど悪名はしっかり伝わってきている。 授業はよくさぼるし、人の物は取るし、教師には逆らうし、よく喧嘩する、しかも連戦連勝。 そういえばなんでそんな奴に俺は喧嘩を吹っかけたのだろう。 負けは見えていたじゃないか。 俺とは正反対の人間なんだろうなと遠巻きに見ながらよく思っていたのに。 「っで名前は?」 「芝」 「それ名字だろ、フルネームは」 「言わない。知らなくたって困らないでしょ?」 「ダチは名前で呼ぶ主義なんだよ」 「友達じゃないし」 「今からなんだよ」 「ならないよ」 おもむろに立ち上がって赤月は枝を俺に向かって指してきた。 「オレが決めたんだ、ダチになるって」 「勝手だね」 見えた。 月と枝が重なって死神の鎌を作るのを。 奪われてしまった。 「お手上げだよ、チカちゃん」 命以外の全てを。 いつか、それすら。 <<