=Solitary Serenade= 「また、来てしまったんだね」 優しく芝は言う。 オレはただ頷くだけで、返答の言葉すら思いつかなかった。 「どうだろう、これは現実になるのかな、それとも記憶に過ぎない?」 「どっちも一緒だろ」 なんにしたってここはオレの経験が積もった場所だ。 飢餓にタガを外されたあの日から、時たまここに来るようになっていた。 何もない所に座って、ふと顔をあげると投げだした手を覆ってくる奴が居る。 暖かい。 冷え性だとしきりに言ってたのを思い出したくせにそう思った。 鎖にどんどん身体を拘束される。 芝の口づけを受け入れるたびに、一重ずつ。 思いだしたくないことになっちゃうのかなと言いながらも芝はそれを止めず、オレは止め ずに任せていた。 まるで昔のようだ。 外から聞こえる子供たちの声を振り払い、ただ1人を待ち続ける感覚。 ただ1人のことだけを考える感じ。 じゃらりと音のなる先を見れば過去が見える、想い出が見える。 「昔みたいだ」 「それは幸せってことで良いのかな」 「あぁ、きっと」 この感覚を知っている。 這わされる熱、疼く、今はもう無い傷痕。 右肩から鎖骨にかけて辿る舌先は間違いなく熱かった。 「痛む?」 なんのことかと聞いてみればちゅっと目元を吸われた。 「しょっぱい、何か悲しいの? それとも感じちゃった?」 茶化すように言ってくる芝にでこピンを食らわせてやるとなぜだか楽しくなってきた。 「ごまかさないで」 「ごまかしたのはお前だろ」 「…違うよ?」 ボタンをはずす音がやけに耳をつく。 「大人になろうぜチカちゃんよぉ」 人が変わったように不敵な笑みを浮かべた瞳には笑顔の自分が映っていた。 そうか。 オレはやっと気づく。 芝が笑えずに居る時オレは笑ってて、オレが笑えずにいればその分芝が優しげな顔をする。 きっと2人の幸せはない。 2人で幸せにはなれない。 鏡合わせのような存在なのだ。 「好きだぜ、芝」 鎖がどこからともなく伸びてきて2人を1つのモノであるかのように纏める。 「俺は嫌いだよ」 皮膚だけが境界であるこの世界で芝は正反対のことを言った。 「ウソ、愛してる知佳」 「オレは嫌いだ、お前なんか」 きっとオレとお前の間には、皮膚と鏡が挟まっている。 「「うそ」」 <<