=かくし=


「だーれだ」
 突然視界が真っ暗になったかと思えば目元から体温が奪われていく。
「誰だじゃねぇよ、この低体温症が」
 最近寒くなってきたとは思ってはいたが、気のせいじゃなく寒くなってきた。
 こいつの手、冷たすぎる。


 飾りのように肩にかけていたマフラーをぎゅっと口元まで上げる。
「離せって」
 首を振ってみるも一向に手を離す気配はない。
 本気で話してほしい訳ではなかったので拒絶反応が薄いのかもしれない。
 うん、別に嫌いなわけじゃない。


「でも冷たい」
「何がでもなの?」
 やっと離れたかと思った両手はそのまま腰に回る。
 昨今のジーパンはまた上が浅い。
 Tシャツは短い。
 普段は気にも留めないようなことをまじまじと思った。
「だから手が冷たいんだよっ」
 衣服の隙間から侵入しようとしていた手を振り払って、やっと芝を見た。


「その服、寒くねぇの?」
「寒いよ?」
 夏は暑苦しい格好だと思ってたが冬はこれだ。
「でもイメージって大事でしょ?」
「シーズンの短い服でも?」
「…問題はそこだよね」
 何が楽しいのかひらりとカッターシャツをめくって肌を出して見せた。
 服だけじゃなく身体も薄い。


「お前ってば露出狂?」
「ならチカちゃんも露出狂?」
 振り払ったはずの手が人の服をたくしあげ始める。
「変態はお前だけだ」
 もう一度ぺちっと音をさせながら手を振り払って状況を思い出す。


「寒くねぇの?」
「…寒い、よ?」
「だわな」
「だねぇ」
 にこにこと効果音が付きそうなほど笑いながら芝は言う。
 立ち止まったオレに不思議そうに目線を送ってくる。


「…ここ、寮なんだけど」
「うん」
「入る気か?」
「うん?」
「疑問形かよ」
「うん」
 そこで思い立った。
 随分と口数が減っている。
 寒いんだ。


「入れねぇよ?」
「だろうね。きっとシトちゃんが怒る」
「なんで付いてきた」
「理由がいるの?」
 物事に理由を求めるのは芝の専売特許だったはずだ。
「お前さ、変ったのな」
「チカちゃんも変わっちゃったね、随分と」
「生きてるからな」
 それは語弊だよと言われると思った。
 自分にそう言った時の芝を思い出した。


「チカちゃんはさ、いつか人間に戻るんだよね」
 思いがけない答えが返ってくる。
 答えじゃなかった。
 質問だった。
「こっちが聞いてるのに質問で返すなよ」
「答えて」
「………」
「人間に永遠はないんだよ」


 お前は、永遠が欲しかったのか?
 聞こうとして止める。
 これ以上聞いてはいけないと知っていた。
 死にたがりが起き上がってしまう。


 だからと言ってどんな言葉をかけるかなんて思いつかなくて、首にしていたマフラーを解
 いてかけてやる。
「返しに来いよ。
 約束、だからな」
 何も言わずに微笑んで芝は踵を返す。
 ひらりと目の前を舞うマフラーの端を掴む。
 首にマフラーが食い込んでも芝は歩いていく。
 手を、離した。


「離さないでよ」
「文句ならこっち向いて言え」
 オレから離れていこうとする足を止めて。
「嫌だよ」
「オレも嫌だ」


 芝が何かを言った。
 だけど聞こえなかった。
 赤いマフラーが角に消えて、ようやく言うべきだった言葉を思いついた。
 言うべき相手はもういない。
 オレ達には圧倒的に言葉が不足している。


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