=澱訊‐オリジン‐=


 女の、匂いがする。
 そう言ったら芝は人ごみを歩いたからねと笑った。
 手をひかれて、同じ道を歩いてたのに芝からしかその匂いがしない。
 匂いが映るほどの接触。
 もてる芝。
 そこから想像する二文字に吐き気がした。
 女々しい。


「ここが今日から俺達の愛の巣だよ」
「言い方、古い」
 慣れた手つきで開けられたその部屋は尋常じゃなかった。
 モノが、ない。
「本当に住んでるのか?」
「一応、学生だし」
 わけのわからない理屈と共に指差した机には確かに生きてる痕跡が見受けられた。


「初めてだよ、人をここにいれたの」
「んな訳あるかよ」
 仮にも家だ。
 友達とか親とか呼ぶだろう、普通。
「ここは俺のテリトリーだからね。
 入って良いのもずっと居て良いのも知佳だけだよ」


「ちゃんと食ってるのかよ」
 なんだか恥ずかしくなって話題を変える。
「それなりには食べてたつもりだよ?」
 覗き込んでみる限り台所を使った様子も冷蔵庫の中身もない。
「霞でも食ってたんじゃないだろうな…」
 食に頓着しないこいつならやりかねない。


「いきなり冷蔵庫見るなんてえっちだね」
「今日からオレん家だって言ったのお前」
「うん、そっか、そうだね」
 何を感心したのかしきりに一人で頷いてる。
 一生やってろ。


 オレは気が立っていた。
 そりゃそうだ。
 人間のなりをしてひょっこり現れたかと思えば一緒に住もうだ。
 有無を言わさず引きずられてきた手が少し痛い。
 …まぁ、感動の再会に思い余って俺が、その…うん、したせいなんだけど。


 あー、そうだ、こいつにしたんだと急に恥ずかしくなって芝の方をちらりとみる。
 奴はにっこり笑って口を開いた。
「チカちゃんおかえり。
 ご飯にする?お風呂にする?そ・れ・と・も」
「死ね」
 なんでこんな奴にこ、こ…告白なんかしたんだろう。


 とりあえず疲れていた。
「風呂入ってくっから」
 服、どうするかなだなんて思いつつとりあえず今は芝から少し離れたい。
「一緒に入ろっか」
「結構です」
 

 ばんとドアを閉めて、ふと洗面台に目をやった。
 顔が赤い。
 そんな自分に余計に恥ずかしくなって目線がどんどん下がっていき、見つけた。
 女物の化粧品。


 嘘だったのだ。
 オレが告白した瞬間、携帯を取り出したかと思えば別れようを何度も繰り返した芝。
 何人と付き合ってるんだなんて呆れるくらいそれは長かった。
 アドレス消すねとオレに向けて画面を向けてきて押した削除ボタン。
 俺のテリトリーに入るのは知佳が初めてだよと笑ったあの顔。


「芝」
 ドアを開けると目の前に奴は居た。
「なんで居んだよ」
「呼んだでしょ?」
 そういう問題じゃない。


「お前な、家に入れたのはオレが初めてって言ったよな」
「うん、そうだもん」
「じゃぁ…これはなんだよ」
 鼻先に化粧品を突き付けてやる。
 重さでわかる。
 明らかに使った形跡がある。


「………へ?」
「へ?じゃねぇよ、お前、女と住んでたんだろ。
 むしろ今日も帰ってくるとか言うんじゃねぇだろうな」
 芝は何も言わない。
 そうかよ、あぁそうか。
 罵る言葉すら思いつかなくて、ただここを出ようと思った。


「それ、俺のなんだけど」
「………は?」
「いや、は?じゃなくてね、それ俺の」
 どう見ても女物だ。
 見た目もなんだかふわふわしていて良い匂いだってする。
 ―匂い。


 キャップを開けてみる。
 漂う香り。
「悪ぃ」
 芝からする匂いと同じだった。


「嫉妬した?」
 にやにやとオレにせまってくる芝を突き飛ばして寝室に走った。
 布団を頭まですっぽりかぶる。
「拗ねないでよ」
「すねてない」
 あぁ、芝の匂いがする。


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