=エンドレス= それは携帯のヴァイブレーションだった。 うつろとしていた意識が浮上する。 とっさに自分の携帯に手をのばして気づく。 音は前方の机、芝の携帯からしているのだと。 芝と呼ぼうとして少し向こうから水音がしていることを認識する。 …風呂か。 ならば持っていかなければと、しきりに気だるさをうったえてくる身体を引きづりなが ら携帯に手をかけたところで振動は止んだ。 ふとディスプレイに目をやると女の名前だった。 感じ取るにはあまりに微弱な嫉妬の炎をため息で吹き消し、浴室へと持っていく。 携帯と一言だけ声をかけて服の上に置いてきた。 誰から?と問う声は聞こえなかったことにする。 女々しい。 自分の行った些細な嫌がらせに知佳はもう一度小さくため息をついた。 「幸せが逃げちゃうよ」 何もなかったように帰ってくる芝。 タオルを首に掛けながら缶ビール片手に目の前に腰かける。 ふと見たタオルの隙間から自分の付けた覚えのない痕を見てしまい、また溜息。 誰のせいだと言いそうになりながらなんでもないとごまかした。 何をしているのだろう。 たまに、最近は頻繁に、そう思う。 ルームシェア(芝は同棲と言い張る)をして確かにただの友達はしないようなこともし てを繰り返す日々。 好きだ、なんて言ったのはどっちだっただろう。 答えは簡単だ。 両方。 あんなことがあったのにふいに現れた人間の芝に、感情があふれ出して言った。 一緒に暮らそうか。 芝は答えた。 …よく考えれば好きだと言われたことはない。 自分のことをしきりに必要だという芝にすっかり言われた気になっていた。 「俺が幸せ、あげる」 そう言って頬に伸ばしてきた手に体が強張る。 馬鹿みたいなことを延々と考えていると見破られてしまいそうで。 素直に目をつぶってしまえばいいのに、じっと芝の顔が近づいてくるのを見ていた。 直前になっても目を閉じようとしないオレを確認して、無駄に長い睫毛をゆっくり下ろ しながら、キスしてきた。 慣れたようなそれに誰と今までしたんだろうだなんて考えてしまって、振り払うように 目を閉じて快楽に身を委ねた。 「別れよう」 「嫌だ」 「…オレもだよ」 「じゃぁ理由は?」 珍しく激昂する芝にこちらの心情はすっかりと落ち着いたものになる。 体が妙に冷える。 「疲れた」 「それは俺のせい?」 「いいや、オレのせい」 そっかとため息をつく芝に幸せ逃げんぞと言ってみる。 逃げていきそうなんだもんといい年した男が言うにあるまじき語尾に胸をわしづかみに されるような感覚に陥る。 これだ。 大人びてるくせに急に見せる弱々しい姿に庇護欲をかきたてられる。 きっと他の女もそうなんだろうなと思いながら、前言撤回の言葉を発した。 「オレのこと好き?」 「うん、大好きだよ」 もうこれで良いじゃないか。 <<