=サンドリヨン=


 転校は2度目になる。
 1回目は中2のとき。
 父親の転勤が理由だった。
 教師に連れられクラスに入る瞬間の音がなくなる感覚。
 次いで爆音のように弾ける現在からクラスメートになる人間達のざわめき。


「転校生を紹介する」
 名乗るのはあんたじゃない。
 そう思うと同時にかけられる声。
「じゃぁ名前を」
 やっぱり。


「草之麗子です。
 よろしくお願いします」
 控え目に笑って見せると教室は静かになった。
「じゃぁ草之はあの一番後ろの空いてる席に…あー、赤月の席か。
 あとで机持ってくるからとりあえず座っとけ」
 適当すぎる。
 席の持ち主が来たらどうするつもりだろう。
 そんな出会いも少女マンガみたいで悪くはないけれど。

 
 現実になった。
「お前誰?」
 始業式が終わって教室に帰った途端これだ。
「転校生の草之さんだそうだ」
「ふーん」 
 下から人間の価値を計るように眺めていく。
 思わず身体を固くしてしまった。
 寒気がする。
 違う、これは戦慄だ。
 そして、運命の出会いという電流に打たれたようでもある。


「お前どっかで会ったことある?」
「そんな気がする…なんて。
 気のせいじゃないかな?」
 なんてごまかしてみるも動機は治まることがない。
 さすがだよ知佳。
 性別が変わってもわかってくれるんだね。
 





「この身体って再生力が半端じゃないんだけど。
 死神の力な訳?」
 少し考え事をしながら仕事をしていたらゾンビに噛みつかれた。
 どばどば血液は出るし骨っぽいのは見えるしで病院にでも行かなきゃだなんて他人事の
 ように考えながら人間の頃の習慣で一晩寝たら(死神に睡眠はいらない)治っていた。


 そこで委員長に聞いてみたわけだ。
「死神の身体ってのはね、アストラルの物質化によってできているわけ。
 想像力で作り上げた体っていうのかしら?
 自分の形はこうだって思い込んでいるからあんたはその形なの」
 ふーんと感心してみせる。
 実際おもしろいと思った。


 だから中身を見てみた。
 行きずりの女とでも言おうか。
 知佳の趣味に合いそうな感じのスタイルの。
 そのばらばらになった姿をもう一度人型に構築して想像した。
 頬は肉づいていて、曲線を描く身体。
 けれど人相はあまり変えたくなくて、髪を伸ばして出来るだけ隠した。
 だって知佳はこの顔を好きだと言ったのだから。






「というわけなので喫茶店に決定しました」
 決定したらしい。
 何がかと言うと文化祭の出し物についてだ。
 ちなみに接客はもれなくアラビア風コスプレつきだ。
 アラジンの世界がどうとかこうとか。
 いくら祭りだからってはっちゃけすぎだと思う。


「知佳はどうするの?」
 ホームルームが終わり、話しかける。
 少し仲良くなってから赤月と呼んだら知佳にしろと訂正されたのだ。
 昔からお祭り好きの知佳は、それはもうはりきっていた。
 今話しかけなかったら、数秒後に話しかけられていたんじゃないかと思う。
「オレは調理班に決まってんじゃねぇかよ」
 決まっているらしい。


「チカくん、今日バイトですよー」
 みちるちゃんが駆け寄ってきて言う。
 それを軽くあしらって知佳との会話は続く。
「草之は客寄せだよな、きっと」
「あんまり呼べないと思うけどな」


「いんや、お前の顔は結構いい線いってると思うぜ」
 頭をが嫉妬掴まれたと思ったら、目が合うように顔を上に向かせられた。
 ちなみに草之麗子の身長は165cm設定だ。
 めんどくさくてきりのいい数字にした。
「知佳だってかっこいい―」


「おい赤月、帰るぞ」
 挫けたみちるちゃんに代わって今度はシトちゃんがやってきた。
 何かバイト先で用事でもあるのかもしれない。
「うっせー、先行っとけよ、ってかお前と一緒になんか帰らねぇ」
「俺だってサルとの団体行動はごめんだ」
「なら来んなよ、このGヘッドが」
「時計の仲間に見えるとはお前の顔面には風穴が空いてるようだな」
 カタカナに弱すぎるよシトちゃん。
 なんだか哀れに思えてきた。


「なんだか紀多さんも待ってるみたいだし、帰りなよ」
 教室には4人しか残っていない。
 秋の大会とかも近いだろうしな。
「んじゃな」
「うん」 
 空気に色がつくとしたら俺の周りはピンクなんじゃないだろうか。
 女になった分、気持ちに素直に生きてるのかもしれない。
 夕焼けのせいか、少しメランコリックな気分だった。






 時は流れて文化祭当日である。
 履きなれたと思っていたスカートに俺は苦戦していた。
 足に薄い布が絡みつく感覚がなんとも妙なのだ。
 もとよりひらひらふわふわはストールだけで十分だ。
「草之さんはなんでも似合いますね」
「紀多さんこそ」
 前のコスプレだってなんの違和感もなかった。


「長いスカートって動きにくいよね」
「そうですか?
 草之さんなら私服で来ているのかと。
 ほら、最近エスカレーターでもよく言ってますし」
 あぁ、ロングスカートを巻き込まれないようにってやつか。
「あんまりスカート穿かないんだ」
 正しく言えば制服のときだけである。


「あとさぁ、このベールって言えばいいのかな…かぶってるのがちょっと邪魔かも」
「ですよねぇ」
 でも作った人の趣味ですからとみちるちゃんは笑った。
「それに、ロングコートの方が邪魔じゃないですか?」
「あれは後ろになびかせるから別だよ」
「そうですよね、布地も違いますしね」
 文化祭の開催を告げる放送が流れる。



「カレー3つね」
「おぅよ」
 エスニックと言って思い浮かぶものが無かったらしい。
 それでもアラジンを押し通したかった誰かは軽食屋へのシフトチェンジを要求した。
 アラジンと魔法のランプは中国の話だということを知らなかったらしい。
 あまり目立ちたくはなかったけれど、カレー屋はさすがになんなので主張してみた。


 結果、胡麻団子とカレーがメインの喫茶店に戻った。
 中国のデザートと言えば杏仁豆腐と胡麻団子だと知佳が叫んだせいだ。
 時間的な問題で杏仁豆腐は却下されたが、自分が担当すると言い切った知佳は休憩も取
 らずに1人ずっと料理している。
 その上、カレーまで手伝っているようで林檎を摩っていた。
 これまたカレーには林檎と蜂蜜だと言う知佳の主張だ。
 意見を押し通し過ぎである。

 
 手伝おうか?
 本当はそう言いたい。
 けれど規則で保健所の検査を受けていない生徒は調理出来ない。
 別に回りたいところもなかったので、たまにフロアに出ながら知佳の横に立っていた。
 料理の出来る男って良いなと思った。


 注文を伝え、食券替わりにとランプを模った紙を決まった箱に戻す。
「休憩、ちゃんと取れよ」
「知佳に言われたくないよ」
「オレは良いんだよ、別に暇だし」
「俺もだよ」
 知佳は作業の手を止めてこちらを見た。
 横顔も良いけどやっぱり正面から見る顔が好きだ。


「お前、中国語とか出来る?」
「出来ないよ」
 うん、嘘。
 少しだけならわかる。
 けれどきっと普通に少し賢い位の女の子は出来ない。
 プライドが勝って、馬鹿にはなりきれなかったからこそ完璧の次くらいは目指している。
 俺は今、芝怜一朗じゃない。


 知佳が何か言った。
 油で揚げている音にかき消されてよく聞こえなかった。
「ごめん、聞こえなかったや」
「…なんでもねぇよ」
 そう言われると気になるのが人間の性だろう。
「片付けがすんだらさ、話したいことがある」
「わかった」
 油を見つめる横顔の表情が読めなかった。






「話したいことって何かな?」 
 馬鹿な女のふりをする。
 空気を読めばこんなこと言えるはずもなかった。
 知佳がものすごく真剣な顔をしている。
 まるで告白でもするかのように。


「魔法のランプをこするとさ、なんでも願いが叶うんだよ」
 記念にともらっておいた食券を知佳の手に握らせた。
 これは少し遠まわしな意思表示のつもりだ。
 知佳の願いは何でも叶えてあげたい。
 だから言ってほしい。
 空気が、重い。


「いつまで続ける気だよ」
「余韻を少しひきずってるみたい」
 浮かれているとも言う。
「そうじゃなくて…くそっ」
 何が違うのだろう。
 言いたいことがうまく言葉に出来ないのかもしれない。
 俺はただ待った。



「もう知らないふりなんて出来ねぇよ、芝」



「そっか」
「うん」
「…そっかぁ」
 終わった。
「いつ気づいたの?」
 完璧とは言えないけれど、90点くらいだったはずだ。
「最初から。あとシトとみちるも、今日」


「ゲームオーバーってとこかな」
「時間切れって感じだけどな」
「これじゃぁアラジンじゃなくてシンデレラだね」
「かもな」
 もう必要が無いと分かっていても、身体を戻せないでいる。
 草之という仮の名前を呼ばれたがっている自分が居る。


 草之麗子は赤月知佳に恋をしていた。
 よく考えてみれば気付かれていると知っていたのだ。
 例えば仲良くなっても名前で呼ばないとか。
 胡麻団子は中国で芝麻球と呼ばれているのだとか。


「草之、今日だけ付き合ってくれ」
「それがお願い?」
 俺は女の子でもクラスメートでもないのに。
「魔法のランプは願い事を聞いてくれんだろ?」
 そう言って笑ってみせる知佳。
 悲しみの色が見えるのは気のせいじゃないと思いたい。
 そして願わくば、俺に向けての感情であってほしいと思った。
  

 12時になれば終わる。
 やっぱりそれはシンデレラのようだった。


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