=溺れる。=


 人は誰しも翼をもって生まれたのかもしれない。
 俺はそれを引きちぎったばかりに落ちて、ただ地を這っている。
 羽が生えているかのように浮足立った人の群れから遠ざかり、ただ見送る。
 なにがそんなに楽しいのだろう。
 馬鹿にしたくなる一方憧れがやまない。

 引け目でなく異様なのだ、俺は。
 まだ暑いのに黒いロングコート、祭りの中で欝蒼とした表情。
 彼岸人になってから感覚が狂った。
 聴覚、視覚は圧倒的に冴え、味覚と触覚と嗅覚はめっきり弱くなった。
 恐らく前者は死神として必要であり後者は逆であったというだけなのだろう。



「ほんと彼岸人ってつまらない」



 三大欲求もことごとく欠如している。
 食事を必要としないし睡眠もいらない。
 繁殖方法が人間とは違うから交配の必要もない。
 くだらないと思っていた人間のルールが生きるためには必要だったのだと知る。
 種の保存なんて大げさなことじゃなく、ただ毎日のスパイスだったのだ。
 彼岸人の時計に文字盤は無い。


「今それを言うかお前…」
「知佳はつまらなくないよ」
 隣に寝そべったまま知佳は呆れたといわんばかりの顔をしていた。
 呆れているのだろう。
 こんなに知佳のことが好きで仕方ないのに、こうして一緒になって、終わって、ゆっく
 りしているのに浮かない表情になっているであろう俺に。


 花火があがった。
 すり抜けてきた浴衣の群れを思い出す。
 お祭り好きの知佳なのに俺がひきとめてしまった。
 祭りがあるからこそ、寮に人が居ないからと。
 隠れなければいけない、そんな関係だった。
 後ろ暗いから。


「それにしても、非生産的な行為だね」
 別に子供が欲しいわけじゃないというか絶対にいらないけどそう思う。
 なんだか思考が疲弊していた。
 もしかしたら、そう、もしかしたら知佳との子供なら愛せるかもしれないのに。


 気だるそうに起き上った知佳は窓から花火を眺めている。
 色鮮やかに映し出される知佳の横顔をただ窓枠に腰かけて見つめていた。
 何が楽しいのだろう。
 体中に響き渡る爆音にため息が出る。


 なんでこんなにつまらないのだろう。
 傷つかない。
 その代りに心が擦り減っていってる。
 だから彼岸人は画策する。
 暇だから。
 簡単には死ねないのに、死にそうで。


「男と女だからって絶対子供が出来るってわけじゃ無ぇし良いんじゃね?」
 ふと、知佳は花火のほうを見たままに言った。
 とうに打ち上げられていたはずの花火は終わっていた。
 あぁ、そうか。
「ほんと、知佳はおもしろいね、うん」
「馬鹿にしてんのかよムカつく」
 彼岸人とかゾンビとか人間だとか本当は関係ないんだ。
 知佳にあって俺にないもの。
 見出す力。


「俺の娯楽も癒しも全部、世界のすべてが知佳みたい」
 だってそうでしょ?
 俺は今、生きている。


 忘れた頃に特別大きな花火が空に浮かんで、消えた。
 今日から暦の上では秋。
 人を辞めて随分と経った。
 なのに今、ものすごく人らしいことを思っている。
 ますます人恋しい時期になりそうだなんて。


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