=repeat after him=


 私だけは未だ散らず。
 お父さん、お母さん、貴方達のつけた名前は残酷で、優しい。



 死ぬのだと思った。
 行動に移す勇気も気力もなく、ただ享受していた毎日がここで途切れる。
 友達を守った結果だなんて冥土の土産付きだ。
 良かった。
 いろんな方向に対してそう思うのにある言葉が現世から私を引き上げる。
 それは呆れるほど聞いた文字。
 私を指す標識。


「みちる」
 なんだか心地が良いたった3つの音。
 心臓が早鐘を打つのはこの非常事態と異常自体のせいだと分かっている。
 どこかに冷静な私が居るから。
 これは恋じゃない。






「お兄ちゃんの何?」
 まともに私に投げかけられた言葉は、やはり敵意を丸めて放り投げたものだった。
「チカ君が言った通りですよ。
 クラスメートでお友達でちょっとパシリみたいな、ね」
 ふーんと返された言葉に興味がわいた。
 この子は何かを知りたがっていて遠周りに聞きだそうとしている。


「チカ君は優しいですよ。
 少し見た目は怖く見えますけど自分の正義をしっかり持っている人です。
 なんやかんや言ってシト君とも結構仲が良いみ…シト君は同じ寮の―」
「橘さん、知ってる」
「そう、そのシト君といつもケンカばっか。
 たまに寮壊しかけちゃったりするんだけど―」
「お兄ちゃんは前しか見れないから」
 少し嬉しそうに見える桃佳ちゃんの表情は大好きなヒーローについて語る小さな子供と
 同じだった。
 今話している相手が自分より年下だったことを思い出す。


 きっと私が知っているチカ君のことなんて桃佳ちゃんに到底及びやしないのだろう。
 それこそゾンビ絡みの話しか勝ち目がない気がする。
「チカ君のこと、好きなんだね」
「貴方に言われたくない」



「桃佳ー、みちるっ、何話してんだよ」
 外から私たちを呼ぶ声がする。
「行こっか」






 とことん弱いのだ。
 チカ君の呼ぶ私の名前に。
 どんなに理不尽なことを言われても聞き入れてしまうんじゃないだろうか。
 実際、散々無茶なことをしてきた気もする。
 

 呼ばれるたびにくらっとする視界に喝を入れて突っぱねる。
「出来ませんよそんなこと」
 そう、出来ないのだ。
 無理だと思っている私は1人じゃ何もできない。


 あの頃の私は気付かなかった。
 チカ君にとっての名前呼びは親愛。
 フィールドの内側に入れてもらえている証。


 結局、無理だと思っていたこともやり遂げてしまう。
 惚れた弱みなんかじゃない。
 ただ、違う形で恋しているのかもしれない。



「みちる」



 なんてチープで陳腐な表現、自分の文学的才能に絶望。
 まるでそれは魔法の言葉。






--------------------------------------------------------------------------------

 Thanks 9999hit  Dear.ユヒさん From.尽達馗

 <<