=恋の人形=


 開いてたはずの眼には真実なんて映って無くて、何もわかっていない。
「お兄ちゃん」
 返事を当然のものとして受け取っているのがその証拠。
 優しさに甘えることに慣れ切っている。


 なおも話しかけてくるお兄ちゃんに一言。
「うるさい」
 しゅんとうな垂れたお兄ちゃんと携帯を片手に文字を打ち続ける私。
 変な光景。
 誰も悪くない。
 悪くない。
 しいて言えば私とあの人が悪い。






「好きです」
 初めての告白はお兄ちゃんの親友にだった。
 こんな例え馬鹿馬鹿しすぎるけど王子様みたいな人。
 勉強もスポーツも出来て綺麗で、優しい。
「俺は嫌い」
 見るだけで体温が上がりそうな笑顔でそう言われた。



「妹ってだけで知佳じゃないじゃん」



 あまりに冷たい響きに二重人格という言葉が脳裏を過ぎる。
 でもそれも一瞬だけ。
 私は知っていた。
「それに桃佳ちゃん、君は俺が好きなわけじゃない」
「好きです」


「…なら俺の言うこと聞ける?」
 このあとに何が続くのだろう。
 どうせこの人は女の人に不自由していない。
 私がすることはおそらくお兄ちゃんに関係することだろう。
「知佳の代わりになってよ」
 好きって言ったくらいだからとっくになんだって捧げる覚悟だ。


 ほんと、馬鹿みたい。
 普通の恋人みたいに交わすメールが痛い。
 でも返してしまう。
 愛に飢えている。
 

「なー、桃佳。
 携帯ばっか構ってないで兄ちゃんと話そうぜ」
 ぱっと携帯を取り上げられる。
 そしてお兄ちゃんは固まった。


「芝と付き合ってんのか」
「メール見るなんて最低」
 肯定としか受け取りようのない台詞にお兄ちゃんは口をパクパクさせている。
 金魚とか鯉みたい。
 どこか冷静な頭が考える。


 友達を取られただけでは無い表情にどこか優越感すら覚える。
 お兄ちゃんは、怒っていた。
「好きなのか」
「うん」
 私の気持ちと自分の過剰なまでの家族愛に揺れている姿が物凄く愛おしい。
 酷いのは私だった。


 受話器を取って番号を押しだす。
 お兄ちゃんが空でかけられる相手はそう多くない。
「もしもし、芝。
 ちょっと公園に来い、今すぐだ」
 乱暴に置かれた受話器がガシャンと音を立てる。


「電話壊れちゃう―」
「ほんとに芝が好きで付き合ってんだな」
 初めて、言葉が遮られた。
 聞いてもらえることが前提だった自分に気づく。
「芝も桃佳のこと好きなんだな」
「…知らない」
 返事はなかった。
 お兄ちゃんが外、公園に行ってしまったから。


 私は望んでいた。
 お兄ちゃんが誰かに取られないことを。
 私は想っていた、芝さんを。


 お兄ちゃんが出て行って動揺しているお父さんに何を言っても無駄なんだと思ったけど、
 お兄ちゃんを止めてくる、とだけ言って家を出た。
 話し声が近づいてくる。
 あれは話しなんかじゃない。
 一方的に怒鳴っているだけだ。






 芝さんが家に遊びに来なくなってから随分経つ。
 それでも、たまにお兄ちゃんの口からその名前を聞くので友達ではいるのだろう。
 メールは送っていない。
 アドレス帳に残ってはいるけど本当にあるだけだ。


 きっと私の初恋は終わったのだと思う。
 初恋は実らないなんてよく言ったものだ。
 だってあれは恋じゃないんだから。


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