=ギルト=


 神様はサイコロ遊びが大好きなようだ。
 あまりの気まぐれさに子供の無知ゆえの残虐ささえ感じる今日この頃。


「guilt」
 あくまで日本人だからわからないけどたぶん正しい発音。
 確か日本産なはずなのに知佳は英語が出来る。
 お父さんの影響なのだろう。
 前に会ったことあるけどあの人カタコトだったのに。
 人の家のことはよく分からない。


「有罪」
「犯罪と罪悪感もな。
 …お前こんなことしなくても勉強できんだろーが」
 単語帳片手に英単語を次々発音していく知佳と和訳する俺。
「とゆうよりスペルの方が問題だろ。
 とりあえず書けって、ほら、」


 まるでいつもと逆さまの風景。
 勉強を教える知佳と教えられる俺。
 本当は困らない程度に分かるけど1度教わってみたかったんだ。
 そのことを伝えると知佳は困ったような顔をしていった。
「オレにゃ無理だわ、日本語で説明出来ねぇ」
「日本人としてどうなののそれ」
 仕方がないので今は単語に落ち着いている。


「知佳の発音でなら聞いてるだけでスペルわかるもん」
「そりゃそうかもしんねぇけどよ…」 
 どうも納得のいかないらしい知佳はノートに単語を書きだした。

 Ladyrinth

「…これ何?」
「何って見りゃわかんだろ、単語だよ。
 聞くよりみる方が役に立つだろ。
 ほら、意味言えって」
 そう言われても分からない。


「レディーリンス、チ…強姦?」
 中学生相手の単語帳じゃ出無いよななんて思いつつ答えてみる。
「お前ってばサイテー」
 やっぱり違ったらしい。
 妙に目線が冷たい。
 俺がしたみたいじゃん、知佳に。
 何とは言わないけど。


「答えは?」
「迷宮」
「それラビリンスじゃん」
 カタカナで答えると知佳は綺麗な(本当にあってるのかはいまいち分からないけど)発
 音で読み上げた。
「でも女の人でしょ、最初、レディーだもん」
「………」
 書き間違えたか。
「わり、ミスった」
 これ見よがしにため息1つ。
「やっぱ勉強はオレの分野じゃないんだよ」
「そうみたいだね」
 一生に一回だけ立場が逆転した日。






 親父が看護師に話している言葉が聞こえる。
 ドア薄いんじゃねぇの。
 プライバシーの倉庫みたいな所のくせに防音効果が薄すぎる。
「チカくんは助かったのになぜ泣くんですか?」
 泣いてねぇよ。
「お父さんはサバイバーズギルトという言葉をご存知でしょうか」


 guilt、「有罪」。
 しばらく会っていない親友の声が聞こえた気がした。
「原罪ってあるでしょ、キリスト教で。
 人は生まれた瞬間、有罪なんだよ」
 生まれなければいいのにね、人なんて。
 そう言って芝はいつもの悲しそうな顔で笑った。


「有罪」
 生き残ったオレは。
「奇跡の生還を遂げた人が自分だけ生き残ったことに罪悪感を感じてしまうことがしば
 しばあるんですよ。悔やむのではなくそれをバネにしていけると良いんですけどね」 
 あぁ、そうか。
 オレは生き残らなければならないのか。
 誰かのために。


 オレが死んだら悲しむ人のためとか。
 あの事故で死んじまった人たちのためにとか。
「…重い」
 契約してゾンビにまでなったのに、ふと生きるということが怖くなった。


 確かに人は常に命を搾取しながら生きている。
 そうしなきゃ生きていけない。
 同じ命なのに人の命はこんなに重い。


「罪づくりだよ、知佳は」
 ある日ふと発せられた言葉が離れない。 


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