=line=


 見捨てられるわけがなかった。


「愛してる。
 好き。
 ほんとに大好き。
 …ねぇ知佳。
 俺のこと好きって言ってよ。
 愛してるって抱きしめてよ。
 お願いだから」


 これが知らない女子だとか嫌いな奴なら良かった。
 ただ、現実は数分前まで親友と思っていて今も思ってる男。
 その男は正気では無かった、と信じたい。
 屋上の柵に腰かけてあまりに幼い笑顔で壊れたように言葉を連ねる。

「知佳が好き。
 知佳が居るからこの世界だって享受できるんだ。
 歪で曲がってて理不尽で暴力的な世界だってキラキラしてるよ、知佳がいるだけで。
 だから俺の視界にずっと居て。
 俺を暗い所へ返さないで。
 もうそんな世界はうんざりなんだ、我慢できない。
 一緒に居て。
 じゃないと俺…俺が死んじゃう」


 動いた身体は条件反射のように芝をこちらに引き戻す。
 あたたかい、と呟かれた言葉に、もうこの腕を離すことはかなわないのだと悟った。






 そんなことが果たしてあったのか不安になる時がある。
 あれは悪い夢だったのではないだろうか。
 普通に一緒に遊んでくだらないことを話す。
 今までと何ら変わりない日常に時折挟まれる悪夢。
 飄々と物事を見つめる芝は普段、屁理屈にさえ思えるほど論理的に生きている。
 一方、ふと泣き出しそうになるのも芝なのだ。
 受験生にありがちな感情の振れなのか。
 芝にそんな不安なんてあるのか。 






「少し寄り道しない?」
 いつもの帰り道にいつもと違う言葉。
「どっか行きてぇとこでもあんのか?」
「うん、ちょっとね」
 行先も告げずに方向を変えた芝にオレはただ付いていく。
 少し違和感を感じ始めたとき、芝は口を開いた。


「天国って存在するのかな?」
 あまりに似つかわしくない質問に、少しおかしくなった。
「どうだろな」
 眼下に広がる光景はどこか珍しく、懐かしい。
 少し離れた場所から少し違った角度で見るだけで自分の住んでいる町はこうも違って見
 えるのかと驚いた丘の上。
「地獄でもいい。
 本当に死後の世界ってのが存在するのならば俺はそこでも知佳と一緒に居たい」


「ねぇ、自殺は地獄逝きってよく言うけど知佳と一緒ならいいと思うんだ、なんでも」
 綺麗過ぎる大人の笑顔と希望を見つけたような声が言う。
 固く握りしめられた腕ははずそうとしてもびくともしない。
 抵抗しても引かれる先は丘の先、切り立った崖のようなところで。
 迷う素振りすら見せずゆっくり、確実に踏み出される一歩は妙に軽い。
 下から風が吹いてくる。
「…めろっ」 



「お前と心中するなんざまっぴらだよ!」 



 振り向いた芝の顔はよく見る諦めたような笑顔で固定されていた。
「そっか」
 普段なら苛立ちさえ覚える悲しい顔が今日は安堵を伴う。
「ねぇ…知佳、あのさ―」
「帰るぞ」
「うん、そうだね」


 がらがらと世界が音を立てる。
 それは崩れる音じゃなくて再構築されていく音。
 直ってしまう、再生してしまう。
 あぁ、僕は悲劇の主人公でいたいのです。
 繕われてしまった仮面がまた顔面に張り付いて離れない。


 <<