=NO PLAN= 「賭けをしよう」 突然の提案に知佳の眉が思わず上がる。 ただ、親友の突然の思いつきには慣れっこなので反応は極めて薄かった。 変わってしまったのだ。 ほんの少し前まで芝と知佳の立ち位置は間逆に近かった。 無策にただ己の欲望の方向へ走る知佳とそれを見守る芝。 高校生になっても何も変わりやしないと思いこんでいたはずの知佳は気がつけば親友の 行動に苦笑を浮かべる側になっていた。 それが大人になるということであるのならば、やはり芝は人の摂理から大きく逸れてし まったのだろう。 当然のように知佳の部屋に居座る姿はさながら常識を持たない赤ん坊だ。 知佳は覚えている。 家に来るたびに自分と芝しかいないのにお邪魔しますと挨拶していたことを。 どうぞだなんて気取って返事してみる可笑しさを。 そんな些細なことが実は好きだった。 無くさなきゃ気づけないなんて人ってものはことごとく不便だし、ゾンビでもそれは微 塵も変りやしない。 「何賭けんだよ」 「自分の1日」 「…金かかることは無しだから」 「わかってるよ」 常に携帯しているのか懐からトランプを出してくる芝。 折れめも印刷の剥げもないそれはあの頃よく遊んでいたものとは違い、1が4枚ある。 大抵のことはそれでも出来たから買い替える様子なんてなかった。 トランプから懐かしさをくみ取ろうとしていたチカはその事実に少しの切なさと憤りを 感じた。 それでも態度が変わらないあたり、大人になってしまったのだろう。 無言で箱ごと差し出される。 仕掛けがないことを確かめさせるためだ。 言われずともそれを理解した知佳は箱をつき返す。 「お前がズルするわけ無いから」 その無償の信頼が芝をこの世に立ち止まらせているとも知らず、残酷な言葉は続く。 「ズルならそれで良いしよ」 どんな心理戦もババ抜きには通じない、と芝は思っている。 どころか知佳に心理戦だなんて通じるわけがない。 これは即ち賭けなのだ。 「あがりな」 シャッと音をたてトランプの海に投げ出されるクローバーとスペードのエース。 芝の手にはジョーカーが1枚、所在なさげに残っていた。 「別にマゾってわけじゃないんだけどなぁ」 静かにこみ上げる高揚感に呟くも知佳には聞こえない。 負けることを望んでいた自分に蓋をして「あーあ」と声をだした。 知佳は楽しそうに口の端を吊り上げる。 似合わない笑顔だ。 表情を笑顔で覆い隠すのは俺の役目だろうにと芝は思う。 「日曜暇か?」 「聞いてどうすんのさ」 相手を気遣った命令なんて何の意味もない。 「賭けだろ」 「あー、そうね。暇だよ」 得意の表情を浮かべて嘘をついた。 1日中暇な日なんて死神にはありやしないのだ。 それは知佳にも言えるし誰にでも言える。 賭けは最初から破綻していた。 だからこそ自分が負けなくちゃいけなかったんだ。 そしてこう言われるべきなのだ。 違う、言われるのを待っている。 「人間に戻れよ」 無理だよね。 無理なんだよね。 「日曜はカラオケ行くぞ。 あ、費用はお前持ちな」 大事なことは何一つ言えないまま薄っぺらい友情劇は日の目を見ることもなく続く。 「金かかるじゃんそれ」 それさえも永遠では無いと知りつつ。 <<