=長時間見続けてはいけません。= ある男は己の姿を見、このようなことを考えた。 邪悪なものは得てして人を誘惑するのではないだろうか、と。 綺麗が正義なんて到底思えやしない。 自然界では美しいものには思惑があり、引き寄せられたものの行動を制限する。 花が良い例だ。 人間だって同じで自分の姿は何かを引き寄せるためにある。 ならば合点もいくであろう。 対象が正確に絞れたとすれば、だ。 恐らく自分は欠陥品だから、望むものを得られない。 手に入らないと思ってるから欲しいのではない。 欲しいのに手に入らないのだ。 鼓動が高鳴り顔に熱が集まる。 それを綺麗に覆い隠して横目で眺めた友人と目があって、芝は思わず声をかけた。 「知佳?」 唐突に発せられた言葉に知佳は少し困惑の表情を見せた後、小さく首をふった。 「なんもねーよ」 また会話が途切れる。 何度繰り返したことだろう。 話をするわけでもなく、無視するわけでもなく、ただこうして横に並ぶという行為が始 まったのは。 それは同時に、芝が恋を自覚した瞬間でもあった。 無言で見つめられることにただ胸が高鳴り動けなくなる。 さながらメデューサのようだが知佳がそれならなんと優しいまなざしであることか。 風の吹きぬける音やグラウンドから運ばれてくる掛け声が耳のすぐ横を通り過ぎる。 つい最近まで冷たかったはずの風が心地よく感じ、身体がぽかぽかとしてきた。 もう、春は近い。 耐えきれなくなったわけでもないのに沈黙を破ろうと芝の口が開く。 「なぁ芝」 「なに?」 既に息を吸っていたので返事は押し流されるようにこぼれ出た。 「…やっぱなんでもねぇ」 「そっか」 言おうとしたことが気にならないわけではない。 自意識過剰でなければ、内容は推測できる。 恐らく、知佳が紡ごうとした言葉は芝が頭の中に浮かべていたそれと酷く相似している のであろう。 春は近い。 「お前綺麗だよな」 「それ褒め言葉?」 もうすぐ離れ離れになってしまうと自覚した瞬間から急ぎ足で進みだした日付は、止ま ることなく着実に終点へと近づいていく。 この姿が人を誘惑するためにあったとしよう。 それは綺麗で醜悪なものだ。 鏡を覗くと映る顔は決して彼を引き寄せやしない。 そして、言動さえも彼を捕まえようと出来ない。 きっと過信していたのだ。 この姿は彼すらも己の糸に絡めることができるのだと。 彼の夢の中では積極的な言動と現実のものと寸分違い無い肢体で彼を誘惑していただな んて知りもせず、芝怜一朗は偽の愛でこの身体を埋めんと見知らぬ男の手を取り今日も 人の上に佇み、艶やかに舞っている。 <<