=祝いの宴と袖=


 クラッカーが四方八方から破裂音を作り出す。
 その先、取り囲まれたところにオレは立っていた。
 おめでとうとかおめっとさんとかおめでとうございますとか言われても返す言葉に困る。
 まとめて言ってくれりゃいいものを。
 あげく桃佳と親父まで来てそんなに広くない寮は人であふれかえっていた。


 暦と親父のオンステージ状態の部屋を便所と偽って抜け出した。
「お前もかよ」
 影から触覚がぴょこりと生えていて後ろを見ずとも分かった。
「まぁそんなところだ」
 壁にもたれかかっていたオレの隣にシトももたれる。
 食堂の方からは演歌っぽい声がわずかに漏れ出していた。


「誕生日とはやはり騒ぐ日のようだな」
 そう言うシトの顔はいつもより機嫌がよさそうだった。
「こんな時しか騒げねぇからな」
「いつも騒いでいるだろ」
「っだな」


 浮かれてるんじゃねぇかと思うほど、どんちゃん騒ぎの毎日。
 命の危険にさらされたりするのもまたスリルで片付けられるのはこの雰囲気のおかげだ。
 絶対口にはださねぇけど。
「あんがとな」
 急に言いたくなって言った。


 すると、シトは苦虫をかみつぶしたような顔をした。
「せっかく人が感謝してるってのに」
「柄にもないことをするな、たわけ」
「もいっぺん言ってみろゴラァァ」


 バンッ。
 蝶番が壊れそうな勢いで食堂のドアが開いてみちると暦がひょっこり顔を出す。
「もー何してんの、チカシト」
「チカくん、今日は主役なんですから」
 ファンタンを飲んだに違いない暦にずりずりひっぱられながら見た廊下の端には影を織
 り込んだようなコートが見えた気がした。


「ちょ、ちょっとストップ」
「なにがストップだよ、聞かないよ」
 主賓の袖をひっぱって強引に連れ去るってどうゆうことだよ。
 聞く耳も持たない酔っ払いには言う気力も湧かなかった。


 その隣をシトがついてくる。
 オレの連れ去られる様をおもしろがってんのかと思ったらそうでもないようでこっちを
 じっと見てた。
「なんだよ」
「何がですか?」
 みちるが答えた。
「お前じゃなくて―」


「俺は寝る」
 唐突にそう言い放ってシトはほんとに自室へ向かって歩いて行った。
「…んだよぉ」
 騒々しいと思っていたはずなのに寂しいと思ったオレが居た。


「ま、飲め」
 オレが少し、ほんとにすこし、落ち込んでんのに気づいたのか蘇鉄が肩をつつく。
 ソテツに渡されたコップからは明らかにアルコール臭が漂ってる。
 むしろ臭い。
 ただ単に飲ませたかっただけだなこいつぁ。


「いいって」
 ふと、窓の外に黒い動くものが見えた気がした。
 漂ってくる香り。
 酒が口から喉を通って服にしみこんでいた。
「お前酔ってんだろ」
「そーかぁ?」
 カハハと笑う男の顔を軽く殴ってやった。


 驚くほど騒々しい夜のことだった。


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