=サメル夢=


 未来になんて夢見てたわけじゃない。
 負け惜しみじゃなく、割と良い人生を送ってきたとも思う。
 これからもそれなりにやっていくのだろう。
 俺には生きるために戦うしか能がないから。


 社会を知るためにだなんて思っちゃいないけど新聞に目を通す。
 もちろん購読するわけがない。
 大学の図書館で空き時間に読んでいる。



「なんで生きるだなんて理不尽なことを享受できるわけ?」



 飛び降り自殺した学生の手記を眼にして思い出した。
 昔、親友が俺に聞いた言葉を。

 
 オレが死ねば悲しむ奴がいるから。
 ただ、それだけ。
 それだけを胸に借金返済に明け暮れた日々は夢のように終わった。
 高校という縛りとともにまるでなかったかのように解けた。
 当然のように、それぞれ違う道を歩み出す。


 みちるは、自分の体質を人々の役に立てたいとWFOで特別顧問として活躍している。
 シトの奴はマフィアとは言えオレ達の生きる世界に少なからず影響を及ぼす徐福を潰す
 わけにはいかないと、年を取り始めた身体に困惑しつつ頭に就任した。
 暦はみちるの仲介のもと、ヨミと新しい人生を送り始めた。
 渡し守と由詩と蘇鉄は今もローン会社を続けていたと思う。


 一介の大学生になり下がったオレは日々バイトに明け暮れた。
 やはり生きるためには金が必要で。
 スリルとは無縁の平穏な生活が続く。
 食費の節約も睡眠不足もただ、しなければならない義務の様なものだ。
 生きるためなのだから仕方がない。



「ならゾンビ狩りだって高校生活だって義務みたいなものだったんじゃないの?」



 求人広告に釘づけになっているオレに後頭部に巣くう芝の声をしたそいつは言った。
 生きるためにしてることは義務だと言い張ったオレの矛盾をついた言葉だった。
 本当の芝となら立場は逆だ。
 昔の芝が言いそうなことだった。
 オレが気づきもしなかったことに気づき、悩む。
 

「知佳はなんで平気なの」と。
 暗示にかけるように芝は繰り返す。
 人形のような顔で、陶器のような表情で、紅をさしたような唇で。
 なんで生きていられる。
 なんで平気な顔をしているのかと何度も何度も問う。


 
「知佳の価値はね、所詮自分で買えるような金額なんだよ」


 
 それでも生きるなんて滑稽だね。
 そうだな、と答えるしかなかった。

 
 自分が痛ければ痛い。
 人が痛ければもっと痛い。
 痛みを想像するしかなくてもどかしい。
 だから、人を悲しませるなんてできない。
 これじゃさっきの答えと一緒だ。


 
「自分のために生きてるわけじゃないんだ、知佳は」



 いつの間にか隣に腰かけた芝が新聞を眺めた格好で止まっているオレを眺めている。
 頬杖をつきながら親しそうに話しかける様はとても外部の人間だとは気付かれまい。
 夜を閉じ込めたようなロングコートを脱ぎ棄てて、カッターシャツと赤いパンツで座る
 芝のことを死神だと思う人間が居るはずがない。
 まるでオレ達は普通の友達のようだった。


「自分のために死んで良いんだよ」
「死なねぇよ」
 そのために生き返ったんだ。
「だろうね、知佳だから」
 でもさ、
「自分のために逃げても良いんだよ、俺と一緒に」
 まるでオレ達は普通の恋人のようだった。


 <<