=片側修復費用=


「お久しぶりです、社長」
「おや、これはまた珍しい顔に出会ったものです」
「…驚かないんすね」
 予告もない登場だ。
 自分でさえも前もって把握していなかった。
 近くを通ったから立ち寄った。
 ただそれだけの理由なのである。


 そんな訳で感情をわざとらしくしか見せない印象が強かった人がどんな反応をするか、芝は気になっていた。
 だが予想は大外れ。
 これがギャンブルであれば惨敗。
 少しは驚くかと思っていた芝の考えはやはりわざとらしく驚いた顔に打ちのめされた。
 打ちのめされただなんて大げさなものじゃないけれど。


「驚いてますよ。いやぁ、驚いた」
「それは良かった」
 嫌味にニコリと笑ってみるがこの男相手に通用するわけがない。
 解っていても微笑んでしまうのは芝の性だった。
 書類が山のように積まれているデスクに空間を作り、腰かける。


「っで、ご用件は?」
「さすが社長、察しが早い」
「褒めても何も出ませんよ」
 はぐらかすように褒めてみてもなんの反応もない。
 おもしろくない男だ。


「残念。期待してたのになぁ」
 心底残念そうな顔も当然通用しないのだろう。
 鼈甲は芝は唯一苦手とする人種にぴたりと該当するのだ。
「用件が無いならお引き取り願いませんか?」
「追い出したいですか?」
 はっきり物事を言う人間も苦手だ。
 親友を思い出してこっそり笑った。


「死神とは同じ空気を吸いたくないんです」
 いつも通りと言えばそれまでだが胡散臭そうに芝を見つめ言い放つ。
 表情とはあまりにもギャップがある何事も見通すような眼で。
「わぁ、そんなことまで分かってんだ」
「まぁ…ね。勘ですよ」


「社長。知佳の、ゾンビの人間へ戻る方法を教えてもらえませんか?」
「企業秘密ですよ」
「ケチ」
「別に隠すことでは無いんですけどね、地獄の沙汰は金次第ということですよ」
「つまり知佳は借金をしてる、と」


「…察しが早い」
 初めて表情が変わった。
「こっちに出せるものがあると思います?」
 それも一瞬で元に戻る。
「いいえ」


「その借金、俺が肩代わりすると言ったらどうします?」
「良いんじゃないですか?」
 予想の範疇だったのか鼈甲は表情を変えもせずに返事する。
 それに芝は驚いた。
「へぇ」
「驚きました?」
「えぇ、とても。…そういえば怪我とかどうするんすか。
 どうもゾンビの自然治癒能力は低いみたいですし」
「身をもって知ってる、と」


「ちょっと左手がなかなか治らないんで、ね」
 袖を捲って現れた腕には赤い筋が数本描かれていた。
「1週間たっても一向に皮膚の再生が始まらないとなれば嫌でも気づきますよ」
「それで、社員の怪我の治療についてでしたっけ?」



「金ですよ」



 艶やかと言っても差し支えのないような笑みが眼前に広がる。
 野暮ったい格好で普段は覆っているが、鼈甲の顔のつくりが良いという事実に芝は初め
て気づいた。
 数瞬、言動が止まる。
 カチカチと秒針が時を刻む音が狭い室内に響いた。


 それに気づいた芝は我に返り問う。
「具体的な金額は?」
「赤月くんの貴方をかばって出来た怪我ですか?」
「貸し借りとか嫌いなんですよ」
「    ぐらいですかね」


「どうぞ」
 ズボンの後ろポケットから出した折れ曲がった紙幣を数枚机に置いた。
 お釣りはいりませんよと付け加える。
 
「一介の高校生が気軽に出せる金額ではないはずですけどね」
「アルバイトしてるんすよ」


 金の出所がどうあれ、それは確かに最高額の紙幣だった。 


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