=水に濡らしてはいけません=


 目が覚めると身体は拘束されていた。
 壁に拘束具が埋め込まれているのだろう。
 両腕から延びた鎖が天井の滑車を越えて巻き取り機の様なものにつながっている。
 両足には囚人よろしく重りが繋がっていた。


 それでなくとも眼に映る部屋の景色で分かっていた。
 ここは人を捕まえる場所だ。
 厳密にいえば人型のモノ。
 壁は全面金属製に見えるしどうせ扉も2重の分厚い鉄板製だろう。
 無駄だと思いつつも手元の鎖をじゃらじゃら言わせていると眼前の扉が開いた。

「死神ふぜいが」
 そう吐き捨てた男の両目は芝を見ているのか目に移す気すらないのか到底開いているよ
 うには見えなかった。
「何?彼岸人の情報?知らないからそんなの」
 己が捕まる理由なんぞそのくらいのものだろう。


 聞いたことがある。
 不死に近づこうとする存在の多さ。
 その中で少なからず彼岸人を知っている者たちが企むこと。
 さして彼岸人の中枢に存在しない芝など格好の餌食だろう。



「ならいい」



「え?」
 軽く言われた言葉に驚く。
 激昂するか嘘と勘違いし、口を開かせようとするものだとばかり思っていた。
 

 あまりの衝撃に近づいてくる男になんの身構えもできなかった。
 元々、防御と言うほど動けるわけでもないのだが。
 流れるような手つきで下半身を覆っていたものをはがされる。


 芝は貞操の危機を感じた。
 頻繁とまでは言わずとも稀にあるのだ。
 男に掘られそうになったことが。
 思わず尻の穴をきゅっと締めた。


 そこの皺をなぞるように董奉は触る。
 ねじ込んでくる気配は見せない。
 ふと立ちあがった董奉の背中に芝は一息ついた。
 愚かにも。


 部屋の隅から戻ってきた董奉の手には水をまくホースが握られていた。
 拷問部屋あるいは監禁場所とはおよそ似つかわしく無い水色のゴム管。
 何に使うのだろうと言う問いと同時に芝の脳内では答えがはじき出された。
 気絶した際に水をかけて起こすつもりか。
 時代劇で見たことがあるような気がしてそう思った。


 己の足元にかがみこんだ董奉に、つい急所への刺激を覚悟して腹に力が入った。
 その腹を董奉はなんと―撫でた。
「良い触り心地だ。これなら良いだろう」
 …腹筋フェチ?


 相手の謎の言葉に力が抜けたその時。
 菊門にホースが差し込まれた。
 いや、ねじり込まれた。
 狭い壁を普段なら気にもならないであろう角で切り開く。


「くぁっ」
 思わず悲鳴のような声が漏れたのを聞き、董奉は鼻で笑った。
「まだ叫ぶには早い」
 ホースをたどり部屋の隅へと戻った董奉の方向からキュッと金属の擦れる音がした。


 それが蛇口をひねる音だと気づいたとき、ホースから水が少しずつ芝の腸の中へと流れ
 込みだした。
 拘束された身体を捻ってもホースが抜ける気配はない。
 どころか締め付けたホースがあるところにあたり身悶えた。


「一昨日が何の日か知ってるか?」
「知ら…ない」
 屈辱的な状況に思わず強がって口を開いてしまう。


「私の誕生日なんです」
 にっこりと笑って董奉は言う。
 それとこの行為の間に飛び越えることのできない隔たりを感じた。
「今年は自分のしたいことを積極的に行おうって」
 先ほど感じた隔たりはそのまま人格の壁だった。


 そんなことをしている間にも腹の内側からどんどん圧力がかかってくる。
 芝は体温がさっと下がっていくにも関わらず汗をかきだした。
「や…め……」
「やめない」


「1度ね、触ってみたかったんです。
 水分でたぷたぷに膨らんだ腹部を」
 膨らみをもち始めた芝の腹を撫でて董奉は嬉しそうに笑った。


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