=覚醒ちよこれいと=


「…出て来いよ」
 知佳の声が闇の中に響く。
 寄りかかっていた電柱から顔を出した俺は光の輪に躍り出た。
 近頃流行っている青い光の中笑う姿は決して明るくは見えないだろう。


「あはは」
 バカみたいな笑いが漏れた。
 なおも続く笑い声に知佳が一歩遠ざかる。
「行かないでよ」
「お前がな」


 意味を咀嚼して疑問符が浮かぶ。
「なんで?」
 だって俺達敵同士じゃん。
 殺しあった仲。
 一緒に居るべきでは無いもの。


 一向に答えを教えてくれない知佳にもう一声。
「殺しちゃうよ?」
「させるかよ」
 不敵に笑うけど無理やりっぽい。
 何でそう思ったかなんて聞かれても困るけど。


「でも俺は殺したい」
「何を?」
「知佳を」
「違うだろ」
「…違わないよ?」



 1つ、溜息。
 をついた知佳が俺に詰め寄る。
 さっきまで引いてたくせに。
 溶けかけた雪に足を取られて足を取られる。
 抱きしめるみたいに捕まえられた。


「オレさ、昔お前のこと好きだったんだわ、これが」
 耳の後ろから声が聞こえてくる。
「ふーん」


 適当に言ってごまかしたけど考えてもみなよ。
 真剣なこと言ってるっぽいけど知佳は塀に向かって力説中。
 笑ってしまえばまた引いてくれるかもしんないけど知佳は暖かかった。


「守りたいとか抱きたいとか思ってたわけ。キモくね?」
 ぎゅっと腕の力が強くなる。
「俺も似た感じかも」
「へぇ」
 

「…へぇボタンってあったよね」
「あったな、そーいや。
 って話戻すから聞けよ」
「OK」
 寒空を歩いていたのは知佳も同じなはずなのに触れた所からどんどん身体が温まる。


「芝ってへーボタンみたいなとこあるだろ」
「話戻ってないよ」
「いんや、これが本題。
 ある日気づいたわけだ、芝は大抵のものに興味がない」
 …知ってたんだ。
「否定はしないよ」


「そのくせ平気で興味のあるふりをする」
「まぁね」
 平静を装いながらも内心驚いていた。
 そこまで分かっていて知佳は知らないようにふるまってたのか。
 よっぽど役者なのは知佳だ。


「なんて悲しい奴だって思ったわけだ、あん時のオレは」
「そりゃどうも」
「それだ!」
 急に耳元で大声を出すからはねた身体は俺のせいじゃない。


「そんな風に感情は出さないし自分の意見は言わねぇ。
 誰にでも優しくするくせに本当はどうでも良いと思ってる。
 理解しようとか馬鹿なことすりゃこっちまで自滅だ。
 なのになんでお前は生きてんだろって当時のオレは思った。
 死にたいんだろ?」
「さぁ」


 身体が離されてあぁ外だったんだと思いだす。
 知佳の口から白い溜息。
 明らかに呆れたようだった。
「自殺未遂ばっかしてたくせに」


「あ、ばれてた」
 ちゃかすように笑ってみるものの知佳はまっすぐ見つめてくる。
 溶けたらどうしてくれるんだろう。
「恋する男の観察力なめんなよ。
 うわー、自分で言ってキショッ」
「その言葉そっくり俺に返ってくんだからやめてよ」
「だな」
 やっと笑った。


 知佳が笑ったことが嬉しかったはずなのに
「っでさぁ、要件かいつまんで話してくんない?」
 と口走っていた。


 
「オレと付き合え」



「………は?」
「お前に足りないのは愛だ」
「それ前も聞いたね」
「オレが愛してやる」
 がさがさと鞄を弄りだした。


 言わずと知れた大学ノートとその上に包んだ箱を乗せて差し出してくる。
「何これ」
「交換日記から始めっか」
 そのノートには数学と大きく書かれていた。
 これつっこんじゃダメだよね…。


「嫌だよ、恥ずかしい」
「じゃぁ上のだけ遣る」
「くれんの?」
「おぅ」
 そっと摘むと思ったより軽かった。


 じっと手元に視線を感じる。
「…開けろって?」
「べ、別に捨てなきゃどっちでもいい」
「はいはい開けますよ。
 なんだろぉね、食べ物かなチカちゃんのことだから」
 丁寧に放送された赤い包み紙を破いていく。
「判ってんだろ、判ってての嫌がらせだろ」
「あ、皮肉が通じるようになったんだ。成長したんだね」



「…チョコ?」



「わざとらしい」
「いやいやホントにびっくりしてんのよこれでも。
 何、これ、バレンタインだからとか言っちゃう?」
「わりぃかよ」
「悪くないよ、うん」
 知佳の拗ねた顔はむしろ好きだ。


「ありがと、嬉しいかもしんない」
「そこは嘘で良いから喜べ」
「わーい」
 棒読みのセリフに機嫌を損ねた知佳にひざをけられた。
 ちょっと痛いんですけど。


「…死ねよクズ」
「それシトちゃんのマネ?
 そんなこと言ったら俺ってば死んじゃうかも」



「「もう死んでるけど」」



 見事にはもったところで別れを告げる。
「じゃぁね」
「お前、まだ家住んでんの?」
 予想外の言葉につい振り向く。
「そんなわけないじゃん」


「…携帯は?」
「捨てた」
「一週間後」
「何が?」
 単語しかしゃべれない病だろうか。
 兆候は中学の頃からあった。


「ここでこの時間に待ち合わせ」
「デート?」
「じゃぁそれだ」
 気がすんだのか知佳はくるりと俺に背を向け走って行った。


「…行っちゃった」
 夢みたいな出来事だった。
 覚めるかなと口に含んだチョコは異常に甘かった。


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