「なんかちょーだい」
 当然のように背後に立った男は言った。
「何を?」
 僕の口にした正直な気持ちを芝は鼻で笑った。


「本気で言ってんの?」
 にやにやという言葉がしっくりと来る表情で覗き込んでくる。
「…じゃぁ、今日は何月何日でしょう?」
 溜息をついてまで僕に話しかけないでほしい。


 というか話しかけるなよ。
 そんな気持ちをこめて紫煙を吹き付ける。
 正面から浴びる煙なんか煙たいだけだろうに。
 悪戯を思いついた子供のようにまた笑った。
 

 よく笑う奴だ。
 最初はこの笑顔が鬱陶しくて仕方がなかった。
 否、今も鬱陶しいことこの上ないが。


「これで我慢してあげる」
 そう言って口の煙草を取り上げる。


 気づいたのだ。
 芝の笑顔は仮面なのだと。
 その点ではカルメラも似ているかもしれない。
 笑顔に表情がこもっていないことに。


 それは上っ面の笑顔であるだけじゃない。
 カルメラは本当に楽しいときにも笑う。
 この男は絶望を笑顔に隠しているのだ。


「うわ、甘い」
 ふと我に返ると取り上げた人の煙草をくわえた芝が映る。
 なにか呟いているなと思えば唇に生暖かいものがふれる。
「こっちもチョコの味する」



 ふわり、と。
 芝は微笑んだ。



「な、何すんだよ!」
「これ何て煙草?」
「人の話聞けよ!」
 ごそごそと懐を探られて箱が取り出される。


「何これ、シャレ?」
 オレンジ色のパッケージを眺めつつ芝は笑う。
 あいもかわらず意地の悪そうな笑顔で。


 ARK ROYAL Sweetと書かれた文字を指さしてこちらに言ってくる。 
「しかも綴り違うし、ビミョー」
 だって思ったんだ。
 崇高なるこの委員会の空気は冷たく、時に苦い。



「ちーちゃんらしいけどね」
 


 それをあっさりと覆したこの男。
 決して言いはしないけれども煙草をやるくらいには感謝、してる。


「その呼び方やめろよ」
 こんなことしかこの口は紡ぎださなくても。