世間が浮き立つさまを見るのは酷くおかしいものだと芝は思う。 知らず間に声を出して笑っていた。 「何が楽しいワケ?」 緊迫した雰囲気を心地よく思っていた紅棍は不満をあらわにする。 そこは戦場だった。 「一般ピーポー巻き込んじゃわりぃし?」との紅棍の提案で人気も生気もない土地に来て いたがそれがより一層ひどいものと成っている。 人型に窪んだ壁の破片がまた少しぼろぼろと音を立てて落ちる。 両者からはほんのわずかだが血が滴っていた。 「今日ってさ、バレンタインじゃんか」 余りにこの状況に似合わない表情に一瞬思考がフリーズした。 雰囲気をぶち壊すにもほどがある。 「…関係なくね?」 鎌をぶらりと腕から提げながら芝はへらりと笑った。 「だって思い出したんだもん」 「だからさ、ちょうだい」 「やだよ、だっせー。てかキモくね?」 チョコを交換する自分と芝の姿を思い浮かべて今日一日で食べた物全てを吐きだしそう な感覚を覚える。 一方的に渡してる様なぞ論外だ。 頬がひきつった。 「しかも俺にはなんもくれないんでしょ? そーゆー不利益ホントきらい、損得勘定はすっからさ、やっぱ」 損得勘定。 自分の発言を咀嚼して紅棍は笑いだしそうになった。 じゃぁこの状況は何? 仕事の合間をぬって日本に飛んできた自分。 不利益そのものだって。 ほんと、どーかしてる。 「俺常に献身的だし、さ。 ほら、奉仕以外の何物でもないって。 …あ、そうだ、ヤらせてよ」 「Мっ気ねぇしパス」 開いた芝の傷を指さしながら紅棍は即決で断る。 芝は一度悩めばそのすきをついて自分の考えを通そうとする。 だからといってわがままとは思わせない。 「じゃぁさ、心臓をハート形の箱に入れてプレゼントしてくんない?」 あの時のような艶を含んだ目でそっと近づいてきて心臓のあたりを撫でた。 鎌はとっくに後ろに放り投げてある。 両手をそっと紅棍にあててしなだれかかってくるのは戦いの終了の合図だ。 ただ、今日は曖昧なまま行為に移れる気分ではなかった。 肩をそっと押し返す。 「俺のこと、嫌い?」 傷ついた顔で見上げてくる芝。 泣きそうな顔も演技だ。紅棍は自分に言い聞かす。 それでも騙されたくなってしまうから。 「好きじゃねーよ」 芝の表情が曇る。 化けの皮が剥がれたと紅棍は思った。 それもつかの間儚ささえ感じる悲しみが芝を彩る。 ちくりと胸が痛むのを止められなかった。 ほんと、イカレてる。紅棍は苦笑するしかなかった。 来年、覚えていたら持ってこようと頭の隅は勝手に考えていたのだ。 「サロメって知ってる?」 脈絡のない紅棍の話に芝は首をかしげつつ答える。 「生首にキスするのでしょ? それがどうかした?」 「あー、ものっそい要約。…いや、まぁ、そんなんだけどさ。 俺、今そんな気分」 少し考え込んだ芝は口を開く。 「キス、しとく?」 「今日は気分でねぇわ」 残念、と社交辞令のように口にしながら芝はおもむろにしゃがみこんだ。 「来年のバレンタインデーには交換ね」 滴る血で地面にハートをかきながら言う。 何と何かは考えないことにした。