愛と憎しみは紙一重だなんて言うけれど。
 自分でも驚くほど好きだという気持ちは変化した。 
 

 出会わなけりゃ良かった。  
 中学受験をすればもちろん会うことは無かった。  
 クラスが一緒でも状況は変わっていたはずだ。  
 授業を屋上でサボる癖を直していればよかった。   
 これはまだ真っ当な気持ち。  


 人生に後悔はつきもの。  


 あいつがこの世に生まれなければ良かった。  
 母親に置いていかれて餓死すれば良かった。 
 これは馬鹿らしいほど立派な逆恨み。  
 だって、知佳さえいなければ気付かずに済んだんだ。  
 俺が「ダメ」であることに。  
 それなりに上手く生きてるつもりだったのに。  


 知佳の一言一言がそれを暴いていく。 
「あいつオレのことぜってー好きなんだって」  
 違うよ、知佳があの子のこと好きなんだよ。  
 知佳に気づかれても困ると思い言わない。  
 判っていないなら教える必要なんてこれっぽっちもない。 
「知佳モテるね」  
 知佳はあの子の事を見てるから気付かない。   
 視線で人が殺せるなら確実に俺は殺人の現行犯だ。  
 知佳に好かれるあの子が羨ましくて憎い。  
 人間を妬む気持ちなんて知りたくない。 


「お前に言われても嬉しかねーよ」  
 褒めてるつもりだろうけどこんなにも傷ついている。  



 人に何を言われても平気だったのに。  
 知佳の言葉に過剰に反応してしまう。    
 馬鹿みたいに知佳が言う一言一句を覚えている自分に嫌気がさす。  
 頭の中では知佳のタイプとさっきの子とを比較している。  


 知佳とは確か委員会が同じはずだ。  
 楽そうだからと手を挙げた美化委員会。  
 サボると思っていたのに校内の緑化運動に積極的に参加する知佳の姿は記憶に新しい。 
 知佳が好きなのは自分の意見をしっかりと持っている子。 
 さっきのあの子の意見に心を打たれたらしい。 
 委員会の次の日に風の噂で聞いた。 
 普段の大人しい姿からは想像の出来ない学校への熱い想いを持つあの子。 


 絆された知佳。 
 知佳じゃなきゃ馬鹿な奴と笑えるのに。 
 あの子も知佳のことが好きな気がする。  
 さっき知佳が言ったこともあながち間違いじゃなさそうなのだ。   
 これも風の噂。  


 狭い学校だから同学年の噂はすぐ流れてくる。  
 付き合いだすのもそう遠くないだろう。  
 そう思うとまた胸が締め付けられる。  
 きりきりと細い糸が心臓に絡まっているみたいだ。 


「ほんと…馬鹿みたい」 
「何か言ったか?」  
 知佳が下から顔をのぞき込んでくる。 
「何も」  
 とっさに笑顔を作って答えた。 


「表情固いぞ?しんどいとか?」  
 額に手を伸ばされてひやりと冷たい手があてられる。  
 触るなと叫びそうになるのを抑えて声を出す。  


「大丈夫だって」 
 重症だ。 






 夜。 
 チカチカ光る星になぜかいらつく。  
 それが自分のあてた擬音のせいだと気づき苦笑する。  
 同時にあの子の顔も思い出した。 


 付き合わなきゃいいのに。  
 いっそ知佳がふられればいい。 
 そしたら分かってるのに何も無かったように接してあげる。 
 知佳の味方になる。 


 幸せになってほしい。 
 俺は結ばれなくてもいい。 
 運命の人なら仕方ないもん。   


 正反対のことを当然のように思う。 
 知佳のせいじゃないのに。  
 俺が勝手に好きになってるだけ。 
 なのに理不尽なことを思われても困るよね。 
 俺の事を見捨ててくれていいのに。 
 俺の事を見て。  


 あぁ、また矛盾してる。 


 この気持ちが矛盾しなくなったとき、俺は知佳を憎む。