気の赴くままに歩みを進めると不法滞在の魂の保有者、すなわちゾンビに出会うことは多い。
 何のために所有者が変わっても魂を管理するのか。
 芝は今は己の魂ともいえる核心に問いかけた。
 もちろん返事は無い。


 足が止まることを許さなくてどこかに向かい続ける。
 ゾンビがこの足の行く先に居ることは経験からもう判っている。
 日暮れの風が冷たくてロングコートの前を手で押さえた。
「…マフラーでもしよっかな」
 襟ぐりを大きく開けたスタイルを崩す気は無いらしい。


 銃器特有の破裂音が聞こえてきた。
 一瞬、親友の相方を思い出す。
 が、連続してなり続けるその音に考えは否定された。
 
 
 子供の様な掛け声と励ましの高い声。
 それに弾数の多い銃器を使う者。
 少なくとも3人の何かがゾンビと闘っている。
 

 そんなのあれしか知らない、芝は思う。
 委員長が作ったZローンに対抗するもの。
 Aローン。


 余計な詮索をすると何をされるかわからないので見たことが無かった。
 折角の機会だ、一度眺めさせてもらうとしよう。
 気配を消してそっと近づく。


 男2人に女1人。
 年は同じ位だろう。


 女は戦闘要員ではないらしく少し引いた場所から戦いを眺めている。
 やけに大きな救急箱を抱えている所から見ると治癒の力があるわけではないらしい。


 背の低い方の男はどこかしら親友の面影を彷彿とさせる。
 背も髪も声も全然違うというのに。
 まっすぐ振り下ろされる日本の刀から見て直情型だろう。
 目が知佳とそっくりなのだ。


 もう一人の男は飄々と武器を構えていた。
 さっきの音はこいつからだ。
 敵が残り一体になった時から手を止めて突っ立っている。
 血気盛んと言うわけではないらしい。


 その男はおもむろに武器を構えた。
 もう戦いは終わろうとしているのに。
 刃物が振り下ろされた瞬間に男は引き金を引いた。



「いってー!」



「全、大丈夫?」
 全と呼ばれた男は弾が掠った肩を押さえながら河原を転がりまわっている。
 全をそんな状態にした当の本人はけだるそうなしぐさで謝った。
 明らかに心がこもっていない。  


「もう、修司ったら。ちゃんと気をつけなきゃだめだよ」
「兎子。そいつはわざとやったんだって」
「驚くほどに事故っスね。いんや、びっくりでしたよ」
 …全部棒読みだ。
 意味もなく全に同情した。


「そんな怒るからセンパイ血まみれじゃないっスか。帰ったらどうですか」
 全の肩からは血が噴水のように吹き出ていた。
 それに慌てた兎子は全を引き連れて帰ろうとしたが、ふと立ち止まった。


「事務所戻って来てって薄荷さんが」
「あ、俺今日予備校っスから」
「そっか。じゃぁまた明日ね」
 兎子は朗らかに笑って文句を言う全を宥めながら歩いて行った。



「―さて、と。さっきから誰っスか」



「…気づいてたんだ」
 ならば全に怪我を負わせたのはわざとであろう。


「さっきのわざと?仲間思いだね」
「あんたくらい俺一人で十分でしょう?」
 目つき鋭くほほ笑む姿は先ほどの無気力な姿と別人のように芝には見えた。


「別に戦おうってわけじゃないんだけどなぁ」
 挑発するように芝はヘラっと笑う。
「俺も戦いってあんま好きじゃないんスよ…ねっ!」
 流れるような動作で構えられたマシンガンの弾が的確に飛んでくる。
 それを鎌でいなし、芝はゆっくりと歩み寄る。
 ギラギラと一瞬だけ輝いた修司の表情が元に戻る。


「俺の名前は芝怜一朗。よろしくぅ」
 名乗ってにっこり笑うと修司は溜息を1つついて言葉を発する。
「鶫修司」
 ボソッと呟かれた声に一瞬言葉を失うが名前と理解し、言葉を返す。
「へぇ、修くんって言うんだ」


 鎌を消すとダルそうだった顔が更に疲弊した表情に変わった。
「あー、あんたあの人の知り合いっスか…」
 武器を肩に乗せ言う修司に委員長のことだと思い当たって頷く。


「ねぇ、教えてほしいことあるんだけど」
 委員長のこと。
 もしかしたら俺より彼岸人とかゾンビの事を知っているかもしれない。
 どうにかしようという気持ちは無いものの知らずに付き合うのは芝の性に合わない。


 芝は尋ねる。
 いかなる種の人間でも絆されてしまう笑みを浮かべて。
「もちろんタダでとは言わないし、さ」



 カチッ。



 額に冷たいものが当たる。
「色仕掛けっスか。キモいんですけど」



 プチッ。



 額と言わずその奥底まで熱い激情がこみ上げる。
「―キモ…い?」
「はい」
 腕とマシンガンの長さ分距離を置かれる。
 額から首の高さに動いた銃口は芝に当たったままだ。



「嫌いなんすよね、あんたみたいなの」