ふらりと現れた俺に皆本は無言で部屋に入るように促す。
 最近引っ越したそこはコメリカ時代を思い出すコンパクトサイズ。
 キッチンというよりはコンロと流し場という方がふさわしい場所を徹。
 足元に置かれた段ボールにはレストランでも開くのかと聞きたくなるほどの調理器具が入って―
 なかった。

「もう料理はしないのか」

 立てかけてあった折りたたみのベッドを開いた皆本は寝転んだ。
 こり性で器用な皆本の家の飯は下手な店で食べるよりよっぽど美味かった。
 それ目当てに飯時に遊びに行くことだって少なくなかったし突然の来訪にも文句を言いながらも作業工程を考えること
が楽しそうだった。
 転がったビールの缶を部屋の端に立てかけて隣に座る。

「フライパンと鍋があれば大抵のものは作れるよ」
「オーブンだって無い」
「お菓子はもう焼く機会もないさ」
 30の男1人だからね、と自嘲気味に言う様子に我慢の限界を感じた。
 
「諦めるなよ」
 確かにチルドレンはお前のもとを離れていった。
 責任を追及されていることもBABELでの肩身が狭くなったことも知っている。
 あの予言は今のところ覆されてない。
 ノーマルと能力者の溝はどんどん深くなってもうなるようにしかならない。
 頑張っても何も変わらない。
 自分が皆本を裏切ったと思われても仕方がない立ち位置であることは重々承知の上で、腹が立った。

 寝転がった皆本に覆いかぶさる。
「…なんて顔してんだよ」
 それはもう幸せそうに笑うのだ。
「この状況、わかってんのか」
 ふらりとやってきた敵に押し倒されてんだぞ。
「明日大事な会議があんだろ」
 会議に任務に研究。
 昔はそういってよく拒まれたものだ。

「ないよ」
「ある、俺は知っている」
 知っているから今日、現れたのだ。
「嘘はつくなよ、皆本」
 もうずっと目が合っていない。
「お前の真面目で嘘がつけないとこが好きだった」
 ふと首元に重みを感じ、目を開ける。
 目の前の事実から目をそむけているのは俺も同じだった。
 首にまわされた腕はどんどん負荷をかけ、頭が下がる。

「賢木」
 ああ、やっとお前の目が見れたと瞳に映る自分を見ていると唇が重なる。
「…ぅ、はぁ………さか、き…」
 俺を呼ぶ声が熱をはらむ。
 押し込まれた舌を追い返して引き際に唇を舐めると皮がささくれ立つ。
「リップクリームは」
 確か胸ポケットに入ってたはずだと転がっている背広を探るが見つからない。
「なくした」
 うすうす気づいていた異常が口を開く。
 紅をさすように唇をなぞると口が薄く開き舐められた。

「皆本っ」
「…なに?」
 ちゅっと指先にキスをしながらきいてくる。
「本当におまえ、どうしたんだよ」
「賢木、早くしようよ」
 いつの間にかシャツのボタンが下から3つはずされていた。
 冷たい掌がするりと腰を撫でる。
「しないなら僕がする」
 腰にまわされた手がぐっと斜め下に引かれ、上下が反転した。



 覆いかぶさられた体勢。
 乾ききっていた唇がやけに紅い。
 虚ろだった瞳はらんらんと輝き少し、潤んでいる。
 乱暴に解かれたネクタイが投げ落とされた音がやけに鮮明に聞こえた。

「なぁ、賢木―」
 ジーンズのフロントボタンが、ぷつっ、ぷつっと外された。
「僕のこと、もう、いらなくなったのか?」
 一際大きなぷつっという音がした。

 脱力。
 筋肉が思うように動いてくれない。
 いびつに片方だけあがった口元が、唇が、「もう、だめだ」と吐きだした。

「僕のどこがだめなんだ、言ってくれれば直す。
 賢木の言うとおりにする。
 だから―だから僕を早く抱いてくれ」
 肩口に顔を埋め込んで、痙攣のように震える肩を抱く。
 もう一歩の手で背中を軽くたたいてやると「するから、僕がするから」と言い聞かせるような声がした。

 ベッドに腰掛けたまま、足元のものをただぼんやりと眺めていた。
 股間に顔をうずめた皆本は、左手で自分の秘孔にベッドサイドから出したローションを塗りこんでいる。
 右手と口で奉仕をしつつ、馴らしていく。
 おかしな光景だった。

「きもち…いいか?」
 水音を立てて離した口が、上目遣いの目が尋ねてくる。
 下唇と起立した俺のものとの間に光る線が見えた。
「これじゃぁ僕のこと、抱いてくれないか?」
 肯定すると起きてはいけない何かがおこりそうで首を横に振った。
 ほんとうに、と傾げる頭を撫でる。
 少しぱさついていた。



「あっ…賢木………好き…もっと―」
 そろそろと腰を進める俺に皆本がねだる。
「最初に動かしたらきついだろ」
 ようやく全てを呑みこんだ孔はまだ固い。
「大、丈夫だから…おかしくなるくらい、突いて」
「…知らねーぞ」
 自分が痛いのも気にならなくなるほどに煽られて激しく腰を打ちつけた。
 嬌声と、肌のぶつかる音、それに折りたたみベッドの悲鳴を聞きながら、俺達は果てた。






「明日、会議だったよな」
「うん」
 いたわるような言葉を吐く自分に驚いた。
「腰、大丈夫…じゃないだろ」
「そうだね」
 呆れるよ、と皆本は呟いた。
「仕事に支障が出るってわかっているのに君が欲しかった」
「知ってたのに無理させた俺の責任だ」
 責任?とおかしそうに肩を震わせた。
「僕の仕事をP.A.N.D.R.Aの君が心配するなんて」
 おかしいよ、と皆本は呟いた。

「僕の心配をするなんて賢木ぐらいだよ」

 P.A.N.D.R.Aの、B.A.B.E.L.の敵、なのに。
「俺は敵じゃない」
「君はP.A.N.D.R.Aじゃないか」
「P.A.N.D.R.Aだってお前の敵じゃない」
「僕はB.A.B.E.L.だ」
 誰も望まなくてもね、と笑う。
「パンドラに来いよ」
 俺だってチルドレンだってそこにいる。
「僕は普通人だ」
「それでも―」
 チルドレンが、薫ちゃんが中心になったP.A.N.D.R.Aが皆本を拒む理由は無い。
 それに―B.A.B.E.L.が皆本を必要としているようにはもう思えない。

「僕はバベルに居なくちゃいけないんだ」
「なんでだよ」
「エスパーと普通人の共存のためにはB.A.B.E.L.に誰かが残らなくちゃいけないんだ」
 みんなみんな、P.A.N.D.R.Aに行ってしまった。
 賢木はもちろん、チルドレンや数々のエスパー達。
 なかには普通人のチームの主任だった者達もいた。
 そしてエスパーの多数を失ったB.A.B.E.L.に1人残ったのが皆本だった。
 当然矛先は皆本に集中する。
 明日の会議だって名目上であり、実際は魔女裁判に近いものだと賢木は情報を得ていた。
 それに出席させたくなくて、現れた。

「お前だけが頑張らなくったっていいじゃないか」
「でも僕しかこの争いを止められる人間がいない」
 それが未然に防ぐものかあの予知によってなのかは言わなかった。
 だが俺は後者だと思った。
「あの未来を変えるためにお前の立ち位置を変えること、それだって抗っていると言えるじゃないか」
「僕が薫を撃つのは戦争が始まった時だ」
 争いを止めることにはならない。
 皆本は未来を見据えていた。

「だけど僕だって迷う時もあるんだよ」
 ごめん、言い訳にしようとして、と賢木を抱きしめる腕は縋りつく人間のそれであった。


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