「えーとね、簡単に言っちゃうと、賢木くんはね」
「弱いと思うの」

 もちろん、あくまで不二子の意見なんだけどねと彼女はいつになく真剣な表情でこちらを見ていた。
 いっそ憐れむような目だった。
 これほど重く響く言葉があるだろうか。

 夢にうなされていた皆本の額に触れ、あるものを見てしまったのは昨夜のことである。
「管理官、俺は―」
「わかったわよ、ごめんってば。
 貴方を信用してなかったの、ごめんなさい」
「そんな言葉が欲しい訳じゃないんです」
 寸劇の最中のようにぺこりと向けられたうなじに、女好きを自称するはずの俺が崩れるのを感じた。

 皆本が抱え込んでいた予知。
 未来を愛の力で変えろと迫る管理官。
 時折、女性らしさを感じるようになったチルドレン。

「俺は、皆本を、愛してるんです」
 …そうだったのか。
 言葉が先行して感情を理解する。
 無意識が俺を奮い立たせる。
「だから何?」
 痛烈な言葉が瞬時に気持ちをへし折った。

「賢木くんが皆本くんを幸せに出来るの?」
「愛があればとか言っちゃうわけ?」
「根も葉も煙もなんにもないじゃない」
「親友に裏切られる彼の気持ちもわからないの」

 例えば俺が女なら、こんなことで悩まずに済んだのだろうか。
 せめて親友という立ち位置でなければ良かったのだろうか。
「それじゃダメだったんです」
 この過程をたどった今の関係だから好きになったんだ。

 制止する管理官をすりぬけて部屋を出る。
 ちょうど死角になっている曲線の先に皆本は居た。
「愛してる」
 皆本は無言で振り向いた。
 誰もいないことを確認して此方を向くと目が合う。
「…誰を?」
「お前を」
 この胸に引き寄せる。
 されるがままになっていた皆本はそうかと小さく呟いて押し返してきた。

「それはダークネスナイトの、いや、僕の言葉が原因なのか」
 すとん、と何かが落ちた。
 皆本は憐れむように俺を見る。
 腑に、落ちた。

「違う」
「吊り橋効果だよ、きっと」
「違う」
「君は重症だった」
 胸をすうと撫でられる。
 そこは心臓の真上だった。

「僕が君にあんなことを言ったから勘違いしてしまったんだ」
「俺を見くびるのも程々にしろよ」
 無性に腹が立ってきた。
 なぜ信じない。
 信じてもらえない。
「好きだって言ってるのになんで疑うんだよ」
 疑うだって、と皆本は力なく笑った。
 それはどこか銃を向けた時の彼に似ていた。
「信じられる訳が、ないじゃないか」

「君も知っているんだろう」
「予知のこと」
「僕は君が」
「僕は僕も」

「信じられない」

「壊れると知っているんだ」
「もちろんあの未来は変える」
「けれど」

「逃げるな」
 それは、逃げだ。
 皆本はそれを大義名分に全てから逃げようとしている。
「未来が変われば、変わらなくても、俺はお前を愛し続ける」
「説得力がないんだよ」
 何年のあいだ君と付き合ってきたと思う。
 皆本は悲しそうに笑った。
 そんな顔が見たい訳じゃない。

「わかった、わかったよ。
 信じなくても良い、それはこれから証明する。
 だから―」

 手っ取り早く未来を変えると思えよ。

 皆本に非は無いのだと、無理やりキスをした。
 全てを変えてみせると誓いながら。


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