「お誕生日おめでとうございます」
 あと、遅くなりましたが、おはようございます。
 まるで今日の朝食はタケノコご飯ですと伝えるように何気ない顔で言う真木に、一瞬自体が把握できなかった。
 昼に起きてきたからってそんな皮肉染みた言葉を吐かなくても良いじゃないか。
 こちらからも朝の挨拶を返しながら思った。
 
「今日は誰かの誕生日だったかな」
 そういえば日付が分からない。
 最近4月に入った気がする。
 この間、チルドレン達の進級祝いにと顔を出したばかりだ。
 新学期が始まっていたということは地域差を考えても日本では4月を十日過ぎたか過ぎていないかで。
 別にここが海外だからと言ってそう何日も変わる訳でもなく。
 せいぜい月半ばだろうとあたりをつけたところである数字が頭をよぎった。
 真木はというと物凄く失礼なことを考えていそうな顔でこちらを見ている。
「僕の誕生日だったね」
 もっとも、今日が15日ならば、と続ける。
「今日はやけにゆっくりご就寝だったのでおかしいとは思っていましたが」
 忘れていたわけじゃない、日にちの感覚が少しずれていただけだ。
 本当なんだからな。

「あれっ、少佐の誕生日って今日でしたっけ」
 廊下の角を曲がったところで葉が逆さになったまま腕を組んで考え込んでいた。
「それくらい覚えておけ」
「うわ、また溜め息ついた、はげますってばー」
 はげるはげない論争が始まり出したころ、紅葉が通りかかって笑う。
「とはいえ、さっき日付変更線通ったところなんだけどね」
「どーりで明日だと思ったはずだ、せこいって真木さん」
 今度はせこいせこくない論争が花開く。
 ほほえましくて思わず口元がゆるむ。

 次第に人数は増え、論点がずれていく。
 少し前から首をかしげて聞いていた澪がふと呟いた。
「あれ、今年でいくつですか…ん?」
 つられて僕も首を同じ角度に曲げる。
「どうしたんだい」
「少佐は何歳になったんですか?」
「この歳になると数えてないからなあ」
「えーと、生まれた年が、何年かわかれば」
 あとは逆算ですと途切れ途切れに言うものだから賢くなったものだ。
「今年は大正何年だったかな…」
「へ…」

 今は平成です、だとか。
 大正って…あれ、少佐って何歳あれ?だとか。
 一通り慌てた挙句、指を折って数えだす。
「さすがにそれは性質が悪いです」
「もしかしたらって思いますって」
「っで、昭和何年なんですか?」

 あれ、おかしいなあ。
 冗談じゃないんだけどな。



「ってなことがあったんだ」
「ほんと、2000年生まれに対して失礼しちゃうっ」
「それはさすがに無いよ不二子さん」
 常日頃ロリコンだの変態だの言われている僕でも犯罪だと、思う。
 ほんと、いろんな意味で。



「ってなこともあったんだ」
「凄い導入の仕方だな」
 お褒めにあずかり光栄、とおどけて礼をしてみれば何か考え込むように口元に手をあてている。
 まさかこの子まで「っで、昭和生まれじゃないのか?」だなんて聞いてきたらどうしよう。
「僕が大正生まれなのは本当だからな」
「別に疑わないさ。
 まあその辺りは正直言うと自己申告だけと思うけど。
 昭和元年って言われたらそれまでだし」
 頭の回る子で良かった。
「そして日付変更線を跨いでも気づかないくらい日常的に船や航空機などの移動船に乗っている、と」
 薫の言っていたことに該当するなと1人頷いている彼。
 何気なく船以外の選択肢があるところに、前言を撤回しようか迷わされた。
 本当に、頭の回る子だ。

「年のことはもういいだろう、祝えよ」
「勝手だな」
 あれから日本に飛んで、もうすぐ日付が変わってしまう頃、皆本の部屋で僕たちは小声で話していた。
 彼曰く、紫穂の手にかかれば小細工すら無駄だろうけれどせめて形くらいはとりたいじゃないか。
 自分と僕のことを隠すべき関係だと暗黙のうちに認めてしまっているそれにわざわざ背こうとは思わない。
 君が言うほど僕は自分勝手では無くなっているのさ。

「急に現れるなっていつも言っているじゃないか」
「君の事情だなんて慮っていたらそれこそ歳をとってしまうからね」
 仮に予定を伝えていたらここに君がいてくれるとは限らない。
「老衰してしまえ」
「ひどい暴言だな」
 そんな言葉にすら怒りが湧かずに喜びすらこみあげてくる。
 変な性癖に目覚めた訳ではないのだ。
 ただ、歳をとった。

 丸くなったものだ、本当に。


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