「チョコレートの食べ過ぎで死ね」
「…ごめん、それどっかで聞いたことあんだけど」
「ジャンルが違うだろ」
 今、おかしな発言したよねこの子。
 ジャンルっておまえ、二次創作サイトじゃないんだから。
 心の声が聞こえたのか消え入りそうな返事が聞こえてくる。
「最近お前がその、チルチル…アニメ見てるみたいだったから」
「形から入るにしてもそれは失敗だ」

 皆本のことだ、そういうものがあるのだと理解してつきつめたのだろう。
 勉強熱心だということは同時に深みにはまりやすいということだ。
「理解はできないけれど興味深いものだね」
 特に経済効果と付け足すあたり、既に一周してしまったのだと思った。
 別視点から見る余裕が出来ているということはそういうことだ。
 皆本においてはそういうことなのだ。
「あのさ、影チルみたいにならなくてもお前のこと愛してるから」
「お前は他の人にもそんなこと言ってんだろ」
 …あれ、普段みたいに照れながら言われるのは嫌いじゃないが真顔は嫌だ。

「皆本、くん?」
「昨日ちょうど読んだものと同じことを言うからつい真似しちゃったよ」
「皆本ーっ」
 だめだ、手遅れだ。
 喜ぶが良いおたく共、仲間が増えたぞ。
 …気を取り直そう。

「今年はチョコなんだな」
「去年はブラウニーだったね」
 一昨年は買ってくるより美味そうなカップケーキだった。
「子供たちが自分達の分は自分で作るってきかないものだから」
 あの子達ももう中学生なんだよなと嬉しそうに笑う。
 だから店で買ってきたような小粒のチョコレートが整列している訳か。
「って言ってもどうせ手伝ったんだろ」
「材料を買ってきて片付けたくらいかな」
 一から作っていたことを考えると進歩している。
 けれどそれではまるで母親だ。
 そうだ、ベストオブ母親だった。
 うっかり忘れていた。
「味も包装もなかなか頑張っていたよ」
 朝一でくれたんだと嬉しそうに見せられるそれ。
 俺がさっき貰ったものよりも形が整っていて針金の代わりにリボンで止められていた。
 格差が見える。
 忘れていたのはガキどもの気持ちの方だった。
 愛されすぎだろお前。

「賢木は今年も沢山貰っているだろうから甘いものは控えようかと思ったんだけど」
「実のとこ貰ってないんだわこれが」
 皆本が心底意外そうな顔をする。
 ほら、今年ってバレンタイン日曜だろ?
「事務の子とか受付の子とかくれはすんだけど不作ってとこかな」
「確かに日曜日だけど今日はみんな結構出勤しているように思うけどな」
 皆本のデスクの横には紙袋が並んでいる。
 見ないようにしてたのに。
「…大漁だな」
「別に漁師じゃないんだけどね」
 こいつお返しも良いからな。

「今年はあまり巷で言われていなかったけれど逆チョコをしてみたら足りなかったよ」
 あははと笑う。
 なにその笑えない話。
「ってことは皆本くん。
 お世話になっている人とチョコをくれた人にチョコを渡してまわっていると」
「僕はサンタじゃないよ?」
 その返事はおかしいだろう。
「そんなことなら俺は今日じゃなくても良かったのに」
 作ってくるのは大変だったろう。
「今日だから意味があるんだろう?」
「そうだけど俺はさ、一応恋人同士って肩書もあるし、安心して待ってられっから」
「だからだよ」
 綺麗に笑うなこいつは。
 そして眩しい。
 職場だと分かってはいるけれど抱きしめてしまう。
 すごいなあの漫画…と感心したような溜め息が漏れるのはきかなかったことにする。
 毒されすぎだろう。

「別にこんな面倒なチョコ作ったのはお前にだけなんだからな」
「ん?」
「他の人はパウンドケーキをカットしたものだよ。
 それなりのものが一度に作れるからね。
 だいたい全員にお前にやったみたいなの作ってたら財布がもたなよ」
 なんせ借金持ちだしと乾いた声で笑う。

「皆本、愛してる」
「それは良いから今は離してくれると嬉しいな」
 離れると一斉に目線が反らされる。
 ここは職場で皆本はチョコレートをたくさん貰う訳で、まあ俺もだけど。
 人は集まる、きっとここは局内で人口密度が異様に高い、今日だけは。
 そんな大衆の前で愛の告白をしたのだ。
 また義理と本命の狭間チョコは減ることだろう。


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