「最近先生よぉ来んなぁ」
「そういえばそうだな」
「…とうとう女の人に愛想尽かされたんじゃない」
「余計な気遣いだ」
 リビングから聞こえる談笑に一々反応を返す賢木に少し笑ってしまった。
 あまりに賢木が家になじんで見えたからほほえましく思えたのかもしれない。

「皆本はんに迷惑かけんのは許さへんで」
「それはお前らだろ」
 現に俺はこうして手伝いをしている、と台所から手を振る賢木。
 まるで親の手伝いをしている子供みたいな言い方だが実際、手際は良い。
 お互い自炊が出来るのだから別に2人でつくる理由はないのだ。
 
「あたしたちは子供だからいーんだよ」
「そうさ、ガキはガキらしく遊んでりゃいーんだよ」
「子供扱いすんなっ」
「どっちだよ」
 子供たちは飽きてしまったのかテレビゲームに話題を戻した。

「仲、良いな」
「友達みたいな感じなんじゃねーの、あいつらからしたら」
 一緒にふざけあってる姿をたびたび見かけるからその言葉はしっくりくるものがあった。
 僕はあくまで彼女らの上司で、親代わりのようなものなのだ。
 その点、賢木は医師としては先生だが同時に仲間でもある訳で。
 こんなことを口にしたら自分を仲間という枠から外していることを怒られそうだな。
 たまには卑屈にもなるさ。

 それにさ、と賢木は続ける。
「お前と俺ほどじゃないだろ」
 ふと腰に腕を回され、持っていた包丁を突きつけた。
「危ないだろ」
「そりゃこっちのセリフだ」
 わざとらしくホールドアップ。
 おどけて見せるその姿にさえ心が緩んでしまうのだからたいがい僕も病気だ。
 さっきの嫌な気分も吹き飛んだ。



「みんな、ご飯だよ」
 そう言うとわらわらと食卓に集まる子供たち。
 ところが紫穂だけがソファに座って動かない。
「今日はお前の好きなもんだろ?」
「…いらない」
「ダイエットでもしてるのか?」
「女の子はいつだってそういうものよ。
 でも、今回はそれと関係はないの。
 なんだか食べたくない気分。
 ごめんなさい、皆本さん」
 謝られると我がままでは無いと分かってしまい、強く言えない。
「お腹がすいたら言うんだぞ」
「嫌よ」

 皆本ー、紫穂ーと呼ぶ声がする。
 すぐそこの出来事がなんだか遠くのことに思える。
 この温度差は何だろう。
 さっきまで楽しそうに皆で話していたではないか。
 先に食べておいてくれと言って、紫穂の横に座った。

「悩み事か?」
「…そんな言い方もできるけど―。
 皆本さん、ご飯食べなくて良いの、冷めちゃうわよ」
「様子のおかしい君を残しておくわけにはいかないさ」
「甘ったるいわね」
「本当にどうしたんだ」

 おかしい。
 何かが。
 紫穂の思考が読めない。
 もちろん超能力があるわけでもないが少しは理解できると思っていたのに。

「紫穂はもう少し思慮深いというか、理解できる子だと思っていた?」
 考えていたことをそのまま口に出されて、つい驚いてしまう。
 読んでないわ、と紫穂はほの暗く笑った。 
「それこそ筒抜けよ、顔が、言ってる」
「…なら僕にだって君の顔が暗く影っていることだけはわかるさ」

「人を傷つけることは簡単よね」
 ふと、聞かせるつもりが無かったのか呟きのようなものが聞こえた。
「そりゃ簡単だわな、特に俺達は」
「賢木…」
 食卓についていたと思ったのに、背後からすっと現れて少しだけ驚く。
「俺が聞こうか、その言葉」
「私、先生のこと割と好きよ」
 じゃぁ皆本、と賢木は薫達の方に僕の背を押す。
「ちょっと秘密の相談な」
 何を話していたのかはわからない。
 ただ、出し忘れていた一品を冷蔵庫から運ぶ間に話は終わった。



「さっきの、なんだったんだ」
 食後も子供たちは活発にテレビゲームにいそしむ。
 おいおい、力を入れ過ぎて家を壊さないでくれよ。
 賢木も見かねたのかコントローラー投げんなよと声をかけていた。
 さてと、だ。
「あれは不治の病だ」
「紫穂が…どういうことだ」
「そのまんまの意味さ、気の持ちようってやつ」
 軽く言うものだから訳が分からなくなる。

「俺達が甘ったるくて仕方ないんだとよ」
「僕は甘やかしている節はあるけれどそれなりに彼女たちに向かっているつもりだよ」
 教育方針じゃないと賢木は笑った。
 仕方ないと言わんばかりに年上の笑みを見せつけてくる。
 ふと、僕もまだ若かったのだと思いだすのだ。

「いちゃつくな、鬱陶しい、だとよ」
 隠しているつもりかもしれないけれど気づいていないのは薫ちゃんくらいよ。
 恋愛の形は人それぞれだってわかっているけれど見せつけられるのはうんざりなの。
 幸せになってほしいけれど四六時中それはいただけない。
 これはほんの一片で言いたいことは山ほどあるの。
 でもこれくらいにしておいてあげるから少しくらいは謹んで。
 手をさしだされるものだから触れてみると一気にそれだけの思考が流れ込んで来たらしい。

「あんな思念波ぶつけられたのはお前と会った時以来だ。
 ふとお前らが親子のように見えるときがあるよ」
 思ってるより彼女たちは大人なのだと思い知らされて絶句するほか無かった。


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