恋人の後ろ姿が見える。
 到底追いつけない速度で背中が遠ざかり、それでも追いかけることをやめられはしない。
 さすが特殊訓練受けてるだけあるわだなんて笑ってみる暇もない。
 なぜ勘違いしていたのだろう。
 あんなにまっすぐな皆本なのに。
 自分の恋人が、自分のなりえなかった性別で、恋人の横にいるのをよしとする。
 そんな考えが浅はかだったと理解する前に、事故は怒った。

 響く耳障りな音。
 深夜のまっすぐ続くそれなりの国道。
 あってないような黄色のままの信号。
 走り抜ける闇夜と同じ色のスーツを着た皆本が目の前で、轢かれた。

 俺達は恋人だった。
 今となっては証明のしようが無い。
 けれどお互い好きだと伝えあい肉体関係もあればそれは恋人という言葉にあてはまるだろう。
 ただ、それはあくまで自分の考えだ。
 皆本が俺との関係をどう考えていたのかは分からない。
 あの男が冗談で貞操を捨てるような人間だとは思いたくない。
 本気だったはずだ。
 なのに笑った。
 女性との関係を隠しもしない俺に向かってマメだな、の一言で笑い飛ばした。

 それは本音だったのか。
 独占欲は俺如きには湧かなかったのか。
 ならばそれで良い。
 良いとする。

 皆本は逃げた。
 自分以外の人間と良い雰囲気であった俺から走り去った。
 都合のいい考え方だと笑えばいい。
 エゴにまみれた人間なんだ。
 皆本は女性に嫉妬し、その感情に耐え切れなくなって逃げた。

 俺を好きでいた。

 本人の口から聞くことはできない。
 瞳は閉ざされたまま、心拍も止まっている。
 綺麗な死にざまだった。
 少しばかり内臓ははみ出していたけれど、眠っているような顔だった。
 
 雑音が入る。
 野次馬の声。
 遠くから聞こえる救急車の音。
 バベル1だか2だかもすぐに来ることだろう。
 時間が無い。

 横たわる皆本をそっと抱きあげて、膝に頭を乗せた。
 特に幸せそうだという訳でもないけれど、静かに眠っている。
 起きていないだけなのだ。
 処置を施せばまだ心停止からそう時間も経っていないので蘇生の可能性はゼロでは無い。
 理解はしていた。

 理解と感情と衝動はすべて、全くもって、別物だ。
 俺のせいで乱れた心。
 俺のせいで傷ついた身体。
 俺で埋め尽くされていたはずの脳内。
 
 これが幸せ以外の何物であろうか。

 プロペラ音が近付く。
 見上げると、小さな星と星の間からちかちかと光るヘリコプターが見える。
 皆本の懐からブラスターを取り出し、こめかみに当て、引き金を引いた。
 こうでもしなければ決して2人きりの世界のままではいられないから。
 愛してるんだぜ、自分だけのものにしたいくらい。






 とんだ悪夢に溜め息をついた。


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