「ねえ皆本さん」
「どうしたんだ紫穂」
 この人はいつもそう。
 つい触れたくなる。
 避けられないか試してしまう。
 子供のように両手を取ってしゃがみこみ、私をまっすぐ見た。

「私ね、生理が来たの」
「せ…そうか、赤飯でも炊こうか」
 もう中学生だもんな、とその人は照れたように笑った。
「それってつまり身体的には私は大人の女であるということだと思わない?」
「そういう解釈もできるね―」
「でも君はまだ子供だ、でしょ」
 読まなくてもわかる。
 皆本さんの口癖のようなものだから。

 今まで沢山の声を聞いてきた。
 断末魔も惨劇も飽きるほど見た。
 けれどこの人をあまり見たいとは思わない。
 これは果たして何と名づけるべき感情なのだろうか。

「語彙力が少なくて悪かったな」
「お決まりってのも嫌いじゃないの」
 ふふ、と笑えば少し彼ははにかんだ。
 意思疎通ができてるようなこの時間は好きだ。
 もちろん薫ちゃんや葵ちゃんだって大事な人だけど、この人にしか作れない空気がある。
 子供扱いされるのはなぜだかイヤな気がしない。

「世間一般では私と性行為を行えば、皆本さんは変態呼ばわりされるわよね」
「…僕がそんなことをするとでも?」
 面食らったように言い繕う彼は素敵だった。
 冷静な彼も好き。
 知的な彼も好き。
 だけどあわてる彼が一番好き。
 私って酷い人間なのかしら。

「やろうと思えば既成事実なんて簡単につくれるわ」
「君ならほんとにやりかねないな」
「性格上は、ね」
 冗談交じりに交わす会話は途切れない。
 予定調和のように繋がるそれは他の人では得られない。
 
「抜け駆けをする気はないの。
 それに私は皆本さんが好きよ」
「ここは単純にありがとう、と言っておくよ」
 


「だから恋人になっても、ましてや夫婦になっても私は幸せにはなれない」



「少し、聞き捨てのならないセリフだね」
「サイコメトラーはそういう生き物なの」
 ようやく私の言いたいことを察した皆本さんは黙った。

「まっすぐな優しさは好きよ。
 下心だって立派な愛よ、だから構わない。
 私を思ってくれるなら、無差別に喜べるわ、一応は。
 気持ちにこたえるだとかそういうのは別だけれども」

「けれど私たちはどうしても闇を見つけたがる。
 綺麗な人間なんて許せやしないの」

「あの人も同じよ」

 彼の表情が変わった。
 けれど手は離さない。
 そういう人なのだ。
「僕は君が思うほど綺麗な人間じゃない」
「貴方が思うほど綺麗という基準は高くないものかもしれない」
「大人だし、君たちみたいにまっすぐ行動もできない」
「薫ちゃん達は皆本さんのおかげで変わっただけよ。
 違うわ、伝染しているだけなのよ」
 憎いほど綺麗な人なのだ。

「幸せを願えるほどには皆本さんも先生も好き。
 けれどやめた方が良いわ」
 誰も幸せになんてなれないの。
 それだけは言葉にするのをやめた。
 酷いことをたくさん言った。
 やっぱり私は酷い人間ね。
 だけど言わなければならないとも思った。

「君には見えるんだろう、僕たちのことが」
「可能であることと実行していることが必ずしも同じではないの」
「ありがとう」
 それが何に対してなのかは分からなかった。
 けれど優しく頭を撫でられて、涙が出た。


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