意識が緩やかに覚醒する。
 ぼんやりと見える視界には見慣れぬ天井がうつっていた。
 皆本は考える。
 ここはどこだろうか。
 その答えはものの数秒で打ち出された。

 
 賢木さんの部屋だ。


 月を捕まえようとするみたいに、意味もなく手を伸ばす。
 隣で賢木さんが少し、動いた。
 タオルケットをひっぱてしまったらしい。
 いつも何かを憎むようにひそめられてる眉も今は子供のような表情だ。
 正確にはわからないものの、先ほどまでのことが嘘みたいだった。




「部屋に、来ないか」
 級友と教室移動をしていた時、僕は呼び止められた。
 彼から離しかけられたのは初めてかもしれない。
「お邪魔じゃないですか?」
「問題ねーよ」
 手早く待ち合わせの時間を決め、その時は別れた。

 僕の気分は高揚していた。
 心を開いてくれただなんて言い方は図々しいけれど、そんな気分になったのだ。
 日本語を話したせいか、そういえば高揚と紅葉は同音だなとふいに思った。
 紅くて温かい、けれどどこか寂しい感じ。
 今になって思えば普通人の僕の最初で最後の、不完全な予知だったのかもしれない。




 やめてください、だなんて言う隙もなかった。
 思考を読み取って動ける彼はやはり強かった。
 足払いをかけられて押し倒されて拘束されて。
 傍から見れば感嘆するほどの手際のよさだったに違いない。
 何の抵抗も出来なかった。

「…なんなんだよ」
 僕のセリフだ。
「一体なんなんだ」
「何がですか」
「お前は、なんなんだよ」
 泣いてるような声だった。
 悲鳴にすら感じた。

「人を憎むのは当たり前だろ?
 人間は黒いところばっかりで出来てんだ。
 そりゃ殆ど真っ白な奴だって居るさ。
 けどお前は異常なんだよ!」
 皆本。
 彼は叫んだ。

 ベッドにとはいえ押しつけられた肩が痛い。
 眼鏡のフレームが軋んだまま鼻骨に食い込む。
 彼は体重を僕にかけたまま、ベルトに手を伸ばした。
 金具が外されていく。
 今、自分が何をされようとしているのかを僕は理解していた。
「逃げねーのかよ」
「あなたが降りてくれれば即刻立ち去ります」
「そんなことするわけねーだろ」
「でしょうね」

 息が上手く継げない。
 不規則な痛みと異物感に全神経が集まって僕を苛んでいた。
「はっ、勃ってんぜ」
 指に避妊具をはめて、彼の指が中を暴れまわる。
 ローション付きだなんて俺ってばやさしー、と聞こえた気がした。
 シーツをいくら握りしめても感覚は分散されない。

「うぁっ………はっ」
 悪寒のような痺れが全身を走った。
 妙な声も出る。
「んっ…」
 指が引き抜かれて、急に体が弛緩した。
 緊張状態からようやく解放されたのだ。

 やっぱお前ヘンだわ。
 賢木さんが呟いた。
 おかしいのはあなただと言おうと視線を向けると、臨戦態勢に入った彼が居た。
「なん…で」
「わかってたくせに」
 何処から出したのか新しいゴムを手早くつけて、僕の腰をつかむ。
 
 わかってたくせに。
 彼の言葉を判読する。
 頭が勝手に反芻する。
 …わかっていたんだ。
 
「皆本」
 わかっていたんだ。
 そんな自分にぞっとした。




「賢木さん」
 そっと呼んでも彼は起きない。
 起き上がりそっと、キスをした。
 好意の最中に一度もなかったそれを。

 僕は妙に満たされていた。
 被虐趣味の傾向は無かったはずなのにだ。
 性交渉は優しく温かい物でありたいとつい昨日までは思っていた。
 果たしてこれが交渉と呼ばれるような倫理的なものであったかと問われれば返答に困る。
 それは彼次第ではないだろうか。

 無かったことにされるのか。
 若気の至りになるのか。
 抑えきれぬ衝動になるのか。

 抑えられたときについた肩の傷は既にかさぶたになっていた。
 時間は止まらない。
 もうすぐ朝が来る。


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