This is mine.


 口腔内をまさぐられる。
 ここは性感を感じるところなのかと思う。
 はて、自分は不感症なのだろうか。
 ぷはっと息つぎに顔を上げる主任の顔はどこか幸せそうだ。
「どうか、なさいましたか?」

 さすがに呼吸が苦しい。
 急激な運動でない絶息には対応できない。
「あ、信号、青ですよ」
 警察官である自分たちが道路交通法よそ見運転に抵触するのはどうかと思うが空気に呑まれていた。
「だってジュンサーの歯1つ分の人生っての?そういうのはさ、全部俺のもんなんだぜ」
「なんですかその独占欲は、あんた子供ですか」
 ポケットから財布をちらつかせて俺マネーだもんと笑う主任。
 貴方のお金ではなく善良なる一般市民のお金だと言おうとしていつもと違うそれだと気づく。
 チャラついている、を形にしたような白い長財布でなく、黒い、一般的と言い表せるような折りたたみ。
 きらりとカードを取り出して俺の金と主任は言った。
 給料も民税に違いは無いのだがそのあたりは許してほしい。

「業務時間内…ではありませんでしたが就職中だったではありませんか。
 財務に申請をすれば全額とは言いませんがそれ相応の代金は。
 他にも組合保険もありますし」
 だから領収書をと伸ばした手は無情にもはたき落とされた。

「ちゃんと請求する、そこは安心してくれ」
 ここはてっきりそれでも全額云々かそんな仕組みを知らずに慌てるのかと思えば妙に落ち着いた声だった。
「だけど端数は渡さない」
「………」
 かつてこんな顔を見たことがあった。
 そう昔のことではない。
 自分を必要だといったあの表情。
 まるで同じだった。

 無償に悔しいと思った。
 人に負けたと思ったのは初めてにも近い経験だった。
「主任こそ」
 事件の解決の代償に5針を縫うけがを負った。
 相手は犯人ではないのだがそれはともかく。
 紙を手で櫛どきながら傷を探すと、主任は人になついた猫の様に目をつむった。
 実際にそんな猫にお目にかかったことは無いけれど。
 いまにも喉を鳴らしそうだ。

「いてっ」
 やはり痛かったか。
 すこし盛り上がった頭皮を髪の毛をかき分けて眺める。
「気分悪いんだけど」
 謝らなかった。
 上から見下ろされる状態になるのが嫌なのだろう、それはわかる。
 常々、主任は自分にむかって身長を縮めろと言ってくるぐらいなのだから。

「自分が怪我をするのは構いません。
 自分が犯人に怪我を負わされたのならそれもまた仕方が無いことなのでしょう。
 けれど主任が、しかも犯人でもない人に傷つけられるのは納得がいきません」

 思ったことを明瞭とは言えない形で言葉にする。
 子供っぽい理屈だと分かってもいる。
「ジュンサー…」
「主任…」

 車内無線が入る。
 慈しみ、慕う時間は終わりだ。
 いきましょう、と犯行現場付近の地図を広げた。
 

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