理由のない殺意は無い。
 沙子は云う。
 室井さんに意図はあるのよ、と。
 自覚は無くても意識はしているらしい。
 僕はそれに一度だけ否定した。

 村の死が見てみたい。
 そう云ったのは僕じゃない。
 誰だ。
 どこの誰が言ったんだ。
 わからない。

 今になって思うに村は、村のすべては敏夫とつながっていた。
 僕らの自由を風習で縛る村の閉鎖的な制度。
 その悪習に反する唯一の同士。
 同時に彼は僕と対等かつそれ以上に村そのもの、だった。

 皮肉なことだ。
 意識し、抵抗することによって僕らはどんどん村の一部と化していく。
 そしてそれを僕はいつしか享受していた。
 敏夫を外に置いて。

 勝手だと罵られても構わない。
 外場に帰ることを伝えると、疲れたような顔でそうかとだけ云われた。
 村に帰って間もなくのことだった。
 敏夫の父親が無くなり、村に「若先生」が現れたのは。
 その時、僕は裏切りのように感じた。
 恐れ戦いた。

「どうして帰ってきた」
 返答は容易に想像できる。
 だが聞いた。
「なんでだと思う?」
 そんな僕の考えを読みとったのであろう敏夫は久々ににやりと笑った。
 罠だ。
 これは、罠だ。
「誘導尋問だ」
「俺のこと疑いすぎだろう」
「その手にはのらない」
「どの手だよ」
「だからその―」
 挑発だ。

 僕はいつも大事なことを言えずにいた。
 大切だと思えば思うほど口に出せなかった。
 云わなくては伝わらないと分かっていたくせに云えなかった。
「静信、お前は幸せになっても良いんだ」
 己の幸せが怖かった。
「知ったように云わないでくれ」
 僕は。
 嗚呼、僕は。
 そうだ、僕は―。
「知ってるんだ、しょうがない」
 すとん、と歯車の外れる音がした。

「君はそうやっていつも僕のことを乱すんだ」
 みるみる僕が暴かれる。
 覆っていた機械が音を立てて崩れていく。
 装飾は朽ち果て、中身がどろどろと溢れだす。

「帰ってきてくれて、」
「ありがとう。」
「君は僕の、」
「僕の…、」
「同士だ」

 敏夫は大きな目を見開き、同士、と繰り返す。
 君は永遠の同士、親友だと腕を広げると僕の中身は委縮した。
 また間違ってしまった。
 僕には大きな幸福は望めない。
 永遠に言いだせないまま友達で居続ける。
 どこかでこの顛末を予想していたように思う。


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