汚い。
 穢れている。
 間違っている。
 それはとても倫理的に。

 屍鬼というものが登場してから倫理的という言葉はおかしなものになった。
 彼らは人間とどこかは違う。
 ほとんど違わない。
 敏夫は敵だと言った。
 僕は答えの出せないまま同類だと言ったように思う。

 ゆらりと敏夫の中の何かが揺らめいた。
 先ほどまで悦子さんに向けていた悲しみでは無い何か。
 近いものがあるとすれば怒り。
 憤り。
 屍鬼への嫌悪。

 今度はゆらりと立ち上がり、手にしていたマグカップをデスクに置いた。
「俺は屍鬼を許さない」

 だめだ、だめなんだ敏夫。
 君は僕の神でいなくては。

「彼らは人間だ」
「人間を襲う人間なんていてたまるか」
「犯罪者だって人を襲うさ、けれど人権が―」
「あいつらのどこが野犬と違う。
 つい最近したばかりじゃないか、野犬狩りを。
 あの時は殺しても仕方ないと思っていた。
 なのになぜ屍鬼にそれが適応しない。
 奴らは野犬と違って意図的に人間を襲うんだぞ」
「それは―」
「ほらみろ、答えられないじゃないか」
「違う、違うんだ」

 ゆらり。
 僕の中の何かが揺れる。
 理性が、倫理が、道徳が。
 ぶれて揺れて形を崩す。
 
 立ちあがっていた敏夫の腕を引きずり下ろした。
 予期せぬ力に崩れた体制をそのまま床に押し倒す。
「敏夫、君は綺麗なままで良いじゃないか」
「人任せにしろと言うのか」
「そうだ、そうだよ、僕は君さえ無事であればそれで良い」
「身勝手だ」
「勝手なんだよ」
 そう呟いて次の句が継げないように唇を奪った。
 時が止まり誰もこの場に存在しないかのような錯覚を覚えた。

 ゆらりと立ち上がる。
「静信―」
「僕は君の意見に賛同しない、協力もしない。
 だから諦めて大人しく生きよう、頼む」
 でなければ神を失った僕は生きられないんだ。


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