屍鬼がとうとうやってきたのかと思った。
 就寝していると突如、暗闇から腕がのびてきて抑え込まれる。
「誰だ」
 本当に相手が予想通りならこの問いも無意味だと分かっていても叫ばずにはいられなかった。
「敏夫、静かにしてくれ」
 その声に従った訳ではない、ただ驚いて息が詰まる。
 決別したはずの静信が、自分の上に居ることに。

「やけに物騒な登場じゃないか」
 こんな夜中に招き入れるような人間はこの家にはいない。
 忠告しておくよ、と静信は言った。
「君の控室の窓は枠から外れやすいんだ」
「アグレッシブな侵入の仕方だな」
 降参だと両手を上げると静信の表情は歪んだ。
 そして、近づいてきた。

「…おい」
「ごめん」
 ごめんもくそもない。
 何故いきなり口付けられたのか。
 何故ここに静信は現われたのか。
 まだ全く判明していない。
 理解していないし納得もしていない。

 ごめん、ごめん、と呟きながら静信の手はシャツの裾をめくる。
「なに考えてるんだ」
「ぼくは…ぼくは」
 触診のように手が触れる。
 這いずりまわる。
「お前は何がしたいんだ」
「ぼくは…」
 埒が明かない。
 はねのけようと腕を掴むとそのまま身体の横に抑えつけられてしまう。

「離せ」
「嫌だ」
「今なら許してやる」
「なにを、君は何を許すというんだ」
 手を掴む指先に力が入る。
「ぼくは敏夫、君を愛していたんだ」

 衝撃は愛に係らなかった。
 愛していた。
「過去形なのか」
 親友からの愛の告白よりもそれが現在を指し示すものでなかったことに驚く。
「違う、いや、そうじゃないんだ」
「落ち着いて言ってみろ」
 聞いてやるから、と抵抗をやめた。

 静信は昔から自己完結をするところがある。
 自分も人のことは言えないが静信は顕著なのだ。
 物書きなんてしているせいかどんな屁理屈も巧みに丸めてしまう。
 静信自身には一向にほころびを見せない何かを考え込んでしまうのだ。
 煮詰まりやすいとも言える。
 そんな静信の性格を知っていたので無理にせかすことはしなかった。

「君に、お前に、敏夫に愛を語りたい」
「ああ、好きにすれば良いさ」
 その前に身体を退けてくれないかと乞う。
 聞こえていなかったのか静信は動かなかった。

「好きだ」
「わかった」
「愛している」
「…ありがとう」
「君を」
「俺を」
「愛したかった」

 空白が、静寂が流れる。
 遠くから恐らく野犬のものであろうと覚えが聞こえた。
 身を任せるようにまぶたを閉じた。


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