やけに明るい音が流れだしたなと思えば俺でも知ってる某アイドルグループの曲だった。 似合わない。 人の選曲に難癖をつけるのもどうかとは思うがそれでも何も考えずにはいられなかった。 カラオケに行こう。 そう言ったのは俺だった。 ふと会社で同期(と言っても4つ上)に言われ夏野と行きたいだなんて思ってしまった。 どうせ断られるのだろうなと分かりながらもさりげなくを装って声をかけてみると、思 いのほか簡単に首を縦に振られて力が抜けたものだ。 「村来る前はよく行ったの?」 車中の会話だ。 「たまに」 「そっか」 それに夏野はうんと返しただけだった。 初デートだ。 俺は思う。 もちろん口には出さない。 夏野が怒るかへそを曲げるのは想像に易いから。 もし怒らなかったとしても憐れまれるのは必須だ。 「初デートがカラオケってお前なぁ…」 「うん、そうだねって…え?」 出てた、声、と夏野は唸るように言った。 助手席には独り言も丸聞こえだったろう。 「でも、悪くないと思う」 「だね」 君が居るだけで天国さ、だなんて甘い言葉は吐けないけど、2人で何処か行くというこ とに意味があるような気がした。 今度は口には出なかったようだ。 「徹ちゃんはさ、カラオケ好き?」 カラオケより夏野が好きだよだなんて言えない俺はまっとうな返事をする。 「俺が村移る前はあんまなかったからね。 普及し出した頃にはもう忙しかったってのが本当かな」 「ジェネレーションギャップ」 「はいはい、そうですねっと」 国道を逸れて街へと降りる。 「その服、素敵だね」 「気持ち悪いこと言うなよ。 どこのゲームで学んできたんだ、そんなこと」 ただ思ったことを口にしただけだった。 そう伝えると運転中にこっち見んなと怒られる。 だって珍しいんだもん。 家に来るときは大抵制服のままで、仮に着替えていたとしても部屋着に近い状態だから 今日みたいに少し、力の入った服装というのはなかなか悪くないものだった。 気を許してくれるのは良いんだけれどたまにやる気というかなんというかおもしろすぎ るTシャツ着てくるんだから。 こないだ奇抜なセンスにたまげたことを思い出して1人笑った。 …訝しがられた。 はいよと渡されたリモコンを見つめる。 さて、連れてきたのは良いもののどうしたもんだろうか。 さっき自分の考えたデートと言う言葉に動きが封じ込められる。 「先、いれっから」 ふぇっ、何を!?と言う前に電子音が狭い個室に響いた。 何を言おうとしていたんだ、俺。 見覚えのない曲名だった。 そういえば最近、歌番組を何週も見逃している。 また言葉に出そうもんなら年だと笑われるのが関の山だろう。 音楽機器を鞄の中から取り出して、それを機械に入れる。 音が鳴りだした。 やけに明るい音が流れだしたなと思えば某アイドルグループの曲だった。 似合わない。 人の選曲に難癖をつけるのもどうかとは思うがそれでも何も考えずにはいられなかった。 そういえばおふくろさんがファンだと言っていたような気もする。 うちと違って気持ちの若い(実際に年も若い)人だなと言った覚えもある。 歌が始まった。 …棒読みだ。 歌に対してこの表現はどうなんだろう。 棒歌い? 昭和がどうとか平成がどうとか言いだした、いや、歌い出した。 俺はぎりぎりそうだけど夏野、お前平成生まれだろとかなんとか突っ込みたくなる。 歌詞にいちいち反応して見せるなんて律儀なんだなと笑われそうだ。 笑いたいのはこっちだって。 時代の流れってお前いくつよ。 次の瞬間起こった。 夏野が踊り出したのだ。 スタンディングオペレーションになったわけでも何でもない些細な動きに目を奪われた。 こちらをじっと見つめて中指を立てられたかと思えば非難轟々、親指を地に向けられる。 何、なんか俺怒らせた? 初デート。 密室。 2人きり。 単語が脳内をぐるぐる回り出す。 それに重なる夏野の動き。 棒歌いが続く。 俺の視界にはさっきの動きが映り続ける。 それを誤魔化すように恐らく正規の振りを付けだした夏野。 OK、今アイドルに騒ぐ女の子の気持ちがよく分かった。 とりあえずさっきのは挑発と受け取ろうと思うよ。 曲が終わることをこんなに待ち遠しく感じたことはない。 <<