「悪い冗談だ」 「冗談ならね」 「…冗談だろ」 「あいにく冗談は嫌いじゃない」 だって真実はあまりに好けないじゃないか。 繋がりかけた会話をつい、煙に巻いて曖昧なものにしてしまうのはもう数十年付き合っ てきた僕の悪い癖の1つだ。 その癖は直らない。 だって現実は愛せない。 小説家と僧侶、両者には共通点が見受けられると常日頃から静信は考えていた。 目に見えないもの。 存在しないモノ。 僧侶である自分が言ってしまえば身も蓋もないので外に吐き出したことはない。 日常と相反するものを取り扱う職種であると。 死は本来あってはならないのだ。 もちろん人は死ぬ。 死は存在する。 それでも人は死と生を切り離して考える。 死が蔓延し、普通と化するのを恐れている。 なのになぜ僧侶があっていいのだろうか。 矛盾している。 小説家。 それもまたあってはならないものであると静信は考えていた。 存在することは構わない。 ただ、形を持って実在してしまうことに問題があるのだ。 外場村に室井静信として存在する。 もっと曖昧でなくてはならない。 でなければ空想を空想と割り切れてしまえるではないか。 そして、それは空想で無ければいけないとも知っていた。 自分自身の存在を持って僕は思う。 現実が確固としたものになってしまった瞬間、この世は僕の居場所で無くなるのだと。 どうにか現実と空想の狭間に身を滑り込ませた意味は確かにあるはずなのだ。 ただ、そんな世界にも一つだけ愛せる者があった。 彼はもう二度とこの言葉を聞きたくないと思っているだろう。 実際、次に言えば絶交だとも言われた。 そんな小学生みたいなこと、とその場では笑い飛ばしたが一度村を出たことのある彼な のだからあり得ない話でも無い。 もし村が死に包囲され、終わりを迎えるとき、彼と僕の二人きりが残ったら…作家とは ありえないことすらも考える病人なのだ…彼は僕の前から姿を消してしまうのではない だろうか。 今はまだ村が彼を捕えているから良い。 彼は村に必要な唯一の存在なのだ。 それはまた僕にも等しく言える。 その鎖が、切れる可能性を僕は見た。 あり得ないことがもしかしたら起こるかもしれないと僕は感じていた。 起き上がりの実在。 辻褄のあってしまう兼正の住人、沙子の存在。 蔓延する死。 「好きだ」 2度と口にしてはいけないと言われた言葉を僕は言った。 彼は愛用の煙草をしきりにふかしている。 通いなれた彼の部屋、ほんの休憩にと帰ってきた彼に逃げ場はない。 敏夫は聞こえていないと言わんばかりに吸い続ける。 聞いてしまえば終わりと知っているから。 それでも僕は言う。 伝えなければいけないと心が急かすから。 「敏夫、君のことだけが好きなんだ」 他は何もいらない。 続けたかった言葉は胸の奥に仕舞う。 要らないはずなのになくてはこの関係は成立しないのだから。 <<