上下に揺れるぼやけた視界。
 軋むベッドに荒い息使い。
 時折漏れる吐息と熱い身体。
 容赦のかけらもなく性行為をしているのだと認識しながらも、ふと思いついた疑問を、
 夏野は自分の上に陣取る相手に問いかけた。


「彼女とか…いないわけ?」


 一瞬、動きが止まった。
 これは聞いてはいけないことだったのかと思う。
 まさか自分の胸が痛むとは予想しなかった。
 安易に考えていた、まるで答えを想定して疑わなかった。
 自分が愛されてるだなんて思いこんでいた。
「いたら夏野相手にこんなことしないよ」
 そりゃそうだ。
 呟きながらも不安で騒ぎ出した脈は下がる様子を見せない。


 例えば二股とかは?
 誠実そうに見えるだけで徹ちゃんだって人の子だ。
 嘘くらい吐くだろうし、何を考えているのか分からないときだってある。
 俺はこの村から出られないけど、徹ちゃんには職場がある。
 それに、村の連中は徹ちゃんのことを慕っている。
 俺のように何人も流されて行為に及んでいるのではないか。
 都合のいい性欲処理。
 自分でも異常だと思うくらい徹ちゃんになついている俺だから、もしかしたら。
 徹ちゃんは俺の顔が好きみたいだし、胸も丸みもないけどだからと言って筋骨隆々な訳
 でも無い身体なら我慢できるのかもしれない。


 不安が不安を呼び、自分で墓穴を掘っていく。
「つくろうとか思わないの?」
「微妙」
「それ格好良くないから、男ならはっきりしろ」
 そして、答えろ。
 俺が好きだって。


 ああ、これじゃぁ清水のことを責められやしない。
 現状は正に誘導尋問だ。
 好きという言葉を奪い取ったら俺の勝ち。
 誰と戦ってるのかと言われれば返す言葉もない。


「年上の気がないんだな」
 答えは予想より斜め下を這った。
 及第点。
 合格判定ならD。
 希望はある、努力次第。
 この春、ようやく受験から解放されたというのに例えがこれか、と違う意味でナーバス
 になる夏野だった。


 受験は終わったわけじゃない。
 徹ちゃんのように就職するつもりはないというか自信が無いのでもう1度、受験という
 ものと戦わなければならないのだ。
 ならばこの暇な時間はこれからどんどん減る一方かもしれない。
 案外この空間を気に入っていたことに夏野はようやく気付いた。
 それを今、夏野の一言で壊すのかもしれないとも。
 

 だからといって一度抱いた疑念はなかなか忘れられないのが自分の性分だということを
 よく知っている。
 質問を続ける。
「だからって男に走るってどうよ?」
「だよなぁ」
 まさかこの行為について何も考えていなかったのだろうか。
 要らぬ詮索をしてしまったのではないかと後悔し出す。

 
 よく回る夏野の舌はそれでも衰えない。
「ギャルゲーのしすぎじゃねぇの」
「…確かに理想はあがるよね」
「認めた」
「いや、認めてない。
 女の子大好きだね、これほんと」
 言った。
 とうとう言われてしまった。


「じゃぁ女抱けよ」
 のしかかってきていた身体を押しのけようとして、逆に奥深くに埋め込まれてしまう。
 うめき声が漏れて、笑われた。
 これじゃ喧嘩してるみたいだと。
 喧嘩みたいなもんだと言いたかったがそれはさすがに黙っておく。


「高卒の採用、俺の年で終りでさ。
 2つ年上からしかいないんだな」
「徹ちゃんの行いが悪いからじゃないの?」
「あー、そうかも」
「否定しないんだ」
「自分ではしないよ、恥ずかしいじゃん」
「この状況の方がよっぽど恥ずかしいと思うけどね」

 
 現状を簡単に説明する。
 武藤宅。
 徹ちゃんの部屋。
 2人居る。
 ベッドの上に。
 両方全裸。
 繋がってる、下半身が。
 状況証拠は完璧だ。


「しょうがないよ、言ったでしょ、年上は射程距離に入んないから」
「…ロリコン」
「4つ下なんてよくあるよ、夫婦とかさ」
「徹ちゃんのおやじ」
「なら夏野はおやじ趣味ってわけか」
「黙れ変態」
「やだなぁ、夏野だって同罪」
 にやけた顔が近づいてきたと思えばキスされて有耶無耶になる。
 たぶん徹ちゃんはキスが上手い。
 人の体温が触れるのが気持ち悪くて、ついひっこめてしまう舌を自分のそれで器用に絡
 めとり、唾液を送り込んでくる。
 それにむせると息をさせないと言わんばかりに喉の奥まで潜らせてきて笑うんだ。
 ぼーっとしてくる思考がふとクリアになる。
 口が離れた。


「鬼畜、外道…死ね」
 呼吸を整える暇さえ惜しんで言ってやると中の奴が膨張するのを感じた。
「被虐趣味、変態」
「夏野に言われたくないな」
「名前、呼ぶな」
 最近、訂正するのさえ面倒くさくなってきた言葉を言う。
 言い返す言葉が見つからなかったから、苦し紛れだ。
 憎まれ口でもたたいていないとこの状況が耐えられない。


 排出のためにある器官を押し広げてまで繋がろうとする浅ましさ。
 背徳感と確かな快楽を共に感じ、悦ぶ、罪深さ。
 気を抜けば気をやってしまいそうな馬鹿な身体。



「好きだよ、夏野」



「うわ、さいあく」
 嬌声に埋もれた罵声は届いたか知りえない。
 確かなのは精を吐きだした瞬間に収縮した腸壁に、徹ちゃんのそれが注ぎ込まれたとい
 う形を伴った事実だけだった。


 <<