=スミーチ= 「あぁ、試合?」 あまりに上手く出てしまった興味なさそうな声にもかかわらず、なのな、と返ってきた。 「今地区予選なんだ、ここで1番になれば甲子園」 そういえば最近山本の姿を学校で見ない日が多かった気がする。 もともとクラスも違うのだし、自分が真面目に登校しているわけではないので遭遇率が 本当に低かったのかは分からない。 知り合って数年、夏休みの思い出と言えばテレビにかじりつく山本の姿だった。 「テレビでやってた奴か」 「そうなのな。あれで活躍すりゃプロ野球の選手になれっかもしれないし、でなくても大 学でも歓迎されながら野球してられっし。 それにな、やっぱり夢だって甲子園は」 「んでお前はあと何回勝ちゃ行けるわけ」 よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりの顔で山本は1回と答えた。 知ってるよとは言ってやらない。 目が違った。 だがその目自体は見たことがある。 あいつの野球をする眼はそのまま人殺しをする目だ。 視線の威力で風穴だらけになりそうなくらい投手を睨みつけて、振る。 ベルトと膝の間から胸までの高さでラインに囲われた空間。 そこから少しでも外れると奴はバットを止めるどころかおろしてしまう。 まるでボールになったことを責めるように投手を見つめ、また構えるのだ。 これでデッドボールや押し出しになった時なんかは酷い。 ブラウン管越しの俺までびびりそうになる。 拾えるはずのない冷たいため息の音声が聞こえて背筋がスッと寒くなる。 大事そうにバットを置いて、やっと笑うのだ。 「へへっ、もうけ」と。 そして笑いながら塁に出る。 一生野球がやっていきたいという山本。 リボーンさんに生粋のマフィアといわしめた男。 山本にならメジャーリーグ選手兼マフィアも夢物語じゃないのかもしれない。 「獄寺がああゆう暑くて五月蝿いとこ嫌いってのは知ってるけど今回は来てほしいのな」 「うぜぇ」 言うと思ったよと山本は怒りもしない。 ただ、少し困ったように眉を下げる。 へこたれてへたっとなった犬の耳が見える気さえしてくる。 「…十代目もいらしゃるんだろうな」 「おぅ、ツナの奴毎回来てくれてたぜ」 「それを先に言えよ。よし、いつどこでだ」 とっくに知っていた場所と日時を初めて聞くような顔で適当に了解の意を述べた。 「明日だったら早く帰れよ」 「獄寺は心配症さんなのな」 「お前のせいで負けたら十代目にあわせる顔がねぇじゃねぇか」 なのな、なのなと口ずさみながら帰って行く。 ローカル局で映される中継を見ていて学校に行ってなかったなんて言えるわけがない。 あいつが調子に乗るだけだ。 万塁逆転のチャンス。 9回表ツーアウトツースリー。 相手チームの角1だけが電子掲示板で唯一輝いていた。 バッター、山本。 広い球場にその名が響く。 黄色い歓声と野太い歓声があがるが俺は参加しなかった。 応援するだけ無駄だ。 狙い打つと宣言している視線が帽子の下にはあるのだろう。 やはりテレビで見るべきだったとうちわをパタパタさせていた。 周りは時間が止まったように山本を見つめている。 俺は真剣さが欠けているのかもしれない。 けれど、打つと知っているから何も心配していなかった。 風が、変わった。 穏やかだが確かにスタンドからグラウンドに向かって風が吹く。 ホームランを打つだろうとばかり思っていた俺は面喰ってとっさに「やめろ」と叫びそ うになったが、金属音に阻まれた。 山本が打った。 打球は高く伸びがある。 一番前に座っていた俺は届くような気がして手を伸ばした。 風が、吹く。 嵐の様な風が。 俺の心の変動の様に。 がしゃんとフェンスにあたり球は俺の手に触れることなく落ちる。 幸い、外野手は1度落としてしまい、それでも中心に投げる。 1―1。 次の打者が打ちあげてチェンジ。 そしてピッチャーが打たれた。 向かいから馬鹿みたいな騒ぎ声がする。 それを遠くに聞きながら、終わったのだと悟った。 やはりテレビで見れば良かった。 山本の顔が見えない。 泣いているのだろうか。 甲子園と言う夢を断たれて。 汗を流してもまだ、何かを流しているのか。 高校3年間の部活が終わる。 自分の眼から流れ出るものは汗なんだ。 俺は何もしなかった。 だって、俺に涙を流す資格は無い。 すすり泣く声が聞こえる。 みんな、悲しそうな顔をしていた。 野球ってすごいんだぜ。 山本はよく俺にそう言った。 あぁ、まったく、お前の言う通りだよ。 俺は泣いていた。 「引退祝いって親父が作ってくれたのな」 いつもよりさらに高そうなネタが鎮座している。 「俺より他の奴と食やいいだろ」 親父さん、ほんとは一緒に食べたかったんだぜ、俺には分かる。 あの親バカがこんな時に息子をただの友達に貸すとは思えない。 「俺は獄寺と一緒が良いんだ」 「んだそれ」 お得意の鼻で笑う攻撃はあいかわらず奴には効かないと分かっていても繰り出してしま うのは癖の一種だ。 こんな時くらいさ、励ましとか労いとかそんな感じの言葉をかけたっていいだろうとは わかってんだぜ? わかってるけど言えたら世話ない。 そしてこんな俺だから曖昧な位置で山本と居続ける。 「俺さ、今日勝って獄寺に告白しようと思ってたのな」 「甲子園で優勝したらじゃないのかよ」 「うん、今日って決めてたずっと」 「ふーん」 「え、反応そんだけ?」 本当に不思議そうな顔で見つめてくる山本だけどもう付き合いは長い、騙されない。 返事を促している。 「そんだけだよ文句あっか」 「えー」 唇を尖がらした姿さえ愛らしいと思っているのだから末期だ。 「誘ってんじゃねぇよ」と吐き出しながら唇を合わせた。 <<