俺のになってください



 馬鹿な子ほどかわいいというのだろうか。
 いや、やっぱり可愛くなんかない。
 朝の挨拶と共に覆いかぶさって来たアホに思う。
「よー高須くん。
 朝から筋トレかい?
 精が出るねYou say good morning!」
 なんて制汗剤片手に教室に駆け込んできた櫛枝にこそ、その称号は与えられるべきでは
 ないだろうか。
 おはようと代わり映えのない日本語で返しつつ、だっこちゃんよろしくひっついて離れ
 ないアホを背負いなおす。


「高っちゃんはなんで男なんだろう」
「泰子に聞いてくれ」
 誰も説明出来やしないだろうが。
 特にうちの母親が理路整然と語れるわけがない。
 きっと俺を産むときに俺の中にねじをおとしてしまったのだ。
 …俺のせいか、悪いことをした。


「大先生も言ってたよ〜、高っちゃんをお嫁にって」
「親友の贔屓目もそこまでいくと薄気味悪くないか」
「俺も賛成だけどなぁ」
 何かにつかれたように人の胸をいじくり倒しながらのうのうと言う。
 先日のとち狂った野郎同士のまさに乳繰り合いを思い出してため息をつくも春田は気に
 も留めず一心不乱に揉む。
 でかくなんかなんねーぞ。


「いやぁ、朝から風紀が乱れているな」
「おぅ」
 櫛枝とは対照的に汗臭い男子ソフト部部長が暑苦しく熱気を纏ったまま話しかけてくる。
「北村ぁ〜、なんか男くさいよ、汗臭い」
「今朝も変わらず朝練に励んできたからな」
「ファブリーズかけちゃって、高っちゃんプリーズ」
「持ってねぇよ」
 ついロッカー常備の消臭剤を思い浮かべるも対人用ではないと思いなおす。
 我慢できなくなったらかけよう、北村は丈夫だから問題ない。


「高っちゃんが女の子だったらね〜、絶対彼女になってもらうの」
「おまえみたいなアホな子、こっちがお断りだよ」
「嫁にもらえば家庭は安全だろうな」
「もらわれねーよ」
 整った容姿とは裏腹にとんちんかんな事を云う親友に小さくけりをいれてやる。
 アホには制裁すら虚しく跳ねかえる。
 もとい、頭に刺激を与えてこれ以上脳細胞の数を減らすと何を言い出すか分からない。


「もっそいボンキュッボンだぜ〜、だって高っちゃんのママがそうだもん」
 それが本心か。
 異様に胸に執着していると思ったが人の親に目を…直接つけなかっただけましか。
 まさかのマザコン精神が現実逃避をさせる。
「どっちにしろこんな目つきの人間は嫌だろ」
「クールだよ〜、ちょービューティー」


「誰の話してんのかな?」
 上っ面だけは天使のような顔が真横にせまっていた。
 俺の肩に頭を置いていた春田はきっと笑顔直撃脳天炸裂コースだ。
 だらんと力なく伸びきったアホが重い。

 これ以上アホにしてやらんでくれ。
 一友達として言ってやりたいが春田に見えない角度で俺を睨む川島の形相に息をのんだ。
「な、なんだよ」
「仲良いんだね」
 満面の笑みに意図を感じ、違和感にたどり着く。


 そう、股間のあたりがあつい。
「春田」
「んだよ高っちゃん」
 んぁ、とかなんとか聞こえたとか。
 認めたくないけど言った。
 名前を呼ばれた春田(アホ)が掴んだのだ。
 人の…人のを。


 川島はとっくにいなくなっていて息をついたのもつかの間、アホがアホ語を話し出す。
「感じちゃったぁ?」
「鼻にかかった声と言えばいいのだろうか」
「解説せんでいいわ」 
 下半身が痺れるような感覚を紛らわすべく大声を張り上げる。
 この正体を俺はまだ知らなかった。
 股間のむずつきの意味を知識としては理解していても目の当たりにしたことがない。


 天然記念物級の高須竜児の純情は今日も無事、保たれたのであった。


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