「はぅ…やめ、桔梗様」
 後頭部を鈍痛が走る。
「私への確認もなしに桔梗クンが夢にご出演ですか?」
 満面の笑みを浮かべた店長(変態)。
 どうも店で眠っていたようだ。


「朝から君の顔を見たというだけでも不快だというのに何故寝付いてるんでしょうね」
「学校行くの、だるいから」
「でも今日、桔梗くんの誕生日ですよ?
 せっかく学生なんだから祝えばいいでしょう!
 私の分まで祝えばいいでしょ!」
「…なんでおねえ調」


 何故か正座をさせられてその上長々と語られた。
 今日、桔梗様が誕生日であらせられること。
 店長がプレゼントに何が欲しいかと聞いた時、有給と答えたということ。
 誕生日まで店長に付きまとわれるのは嫌です、とストーカー拒否されたこと。
 つまり今日は会えないのだということ。


「要は顔見せんなってことだな」
「ええそうですよ、離婚届も真っ青です。
 今日、この貴重な日に年の変わりゆく彼を見守ることさえ敵わない」
「あー、学校行ってきます」
「許しません」
「…は?」
「待っててくださいね、桔梗くん」
 こんな時の店長は何を言っても無駄だと分かっているのでおとなしく辞去した。
 あんな人にまで平等にドSで居られる桔梗様はやっぱり凄い。


「お誕生日、おめでとうございます」
 休憩時間に合わせて教室の扉をくぐる。
 桔梗様は誕生日だというのに花を生けていた。
「あ、ありがとう蘭クン。
 …その格好どうしたの?
 いや、普通こんな反応するべきじゃないってわかってるんだけど、さ」


「オレ、今日は桔梗様の平穏な一日をお創りしたいと思ったんです」
 さすがに指定の制服をそろえる時間は無かったのでネクタイだけきちんと結んだ。
 ピアスも全部取って家に置いてきた。
 いつもお傍を離れずについて回る俺だから、普通の生徒みたいに一日だけでもしていれ
 れば少しは桔梗様の心象も良くなるのではないだろうか。
 本当は前々からこうした方がいいとは思っていたけれどなかなかやめられずに居たのだ。
 着崩しは一種の鎧だった。
 でも今こそそれを脱ぎ払う。


「おい春伽」
 まただ。
 今日、何度目の呼び出しになるだろうか。
 逃げだすのも癪なので応じる。
 なんだか腹が立つから相手になる。
 のすだけのして気がつけば放課後だった。
 オレの不在は桔梗様の平穏に変わっただろうか。
 居ない方がいいのだろうか。
 そんなアンニュイな気分に陥りかけてた時、桔梗様の声がした。


「蘭くん、大丈夫?」
「えぇ、平気ですこのくらい」
 実際、擦り傷すら数えるほどしかない。
 ただ、優等生のように来ていた制服が泥だらけになっている、それだけだった。
「今日一日、平穏でしたか?」
「…怖かったよ」
「そうっすか…」
 あぁ、無力だ。
 

「でも良かった、無事で」
 その笑顔、オレを心配してくださったととって良いんですね?
 あまりに自分本位なものの見方にいっそおかしくなって笑った。
 桔梗様も何故か笑っていた。


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